昭和を代表する音楽家の一代記
今日もまた、最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。
今回読んだのは、戦前から戦後にかけて数多くのヒット曲を手掛け、高校野球大会歌「栄光は君に輝く」や、阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」の作曲家としても知られる作曲家、古関裕而の評伝。近現代史の研究家として数多くの本を出版している辻田真佐憲氏による1冊です。3月から、古関裕而の生涯をモデルとしたNHK朝の連続テレビ小説「エール」がスタートし、彼に関連する数多くの本が出版されており、ちょっと言い方は悪いのですが、それに便乗した1冊。ただ、著者の辻田氏は、以前、彼の書いた「日本の軍歌」を読み、その平易な表現でありながらも、しっかりと実証データの裏付けにより書かれた誠実な仕事ぶりが気に入り、彼の著書を何冊か読み、本書もその流れで手にとり読んでみました。
さて、今回の本は、古関裕而の生涯について書かれた1冊。基本的には、その生い立ちに沿った伝記的な内容となっています。ただ、これまでの辻田氏の著書と同様、時には小説のように「セリフ文」まで登場するようなわかりやすい書き方ながらも、一方では過去の古関裕而の本を単純に要約するのではなく、しっかりと一次資料にもあたり、裏付けを取った上で丁寧に書いている内容となり、その誠実な仕事ぶりに安心感を持って読み進むことが出来る内容になっています。
構成的にはシンプルに古関裕而の生涯について書かれた内容なだけに、著者としての目新しい主張などがあるわけではありません。ただ、戦前から戦後の高度経済成長期を人気作曲家として生き抜いてきただけに、激動の昭和史と重ね合わさっている人生は、読んでいてひとつの物語りのように惹きつけられるものがあります。
ただ戦後の経済成長期も数多くのヒット曲を世に生み出してきた古関裕而でしたが、本書の比重としては比較的戦前期に比重を置かれていたように感じました。特に戦中では前線への慰問に関して多くのページが裂かれるなど、かなり詳細に記載。一方では戦後に関しては比較的あっさりとした表現になっていたようにも感じました。もともと著者の辻田氏は、軍歌研究家として世に出てきたように専門分野は戦中。そういう著者の得意分野ゆえ、戦中期の記載が分厚くなってしまったのでしょうか。
もっとも、戦前に人気作曲家となった彼は、戦後になってもその人気を持続。特にスランプになることもなく、最後まで落ちぶれることなく、第一線で活躍したまま生涯を閉じています。戦後の活躍についても個人的にはもっと知りたかったような気がする反面、彼の人生の「物語性」という意味においては、確かにどうしても戦前・戦中の方に比重が行ってしまうのかもしれません。
今回、同書を読み、あらためて古関裕而の曲を聴いてみたくなり、You Tubeなどを用いて何曲か聴いてみました。彼の曲は昔の曲らしく、一つの音に一つの言葉が割り当てられている、字余りの曲が普通になった今としてはかなりゆっくりでかつしっかりと歌い上げているようなスタイルになっています。かなり雄々しい力強い曲調も多く、それが古くは多くの軍歌、時代を下って多くの応援歌や社歌などに彼の曲が求められた要因でしょう。ただ、一方で、楽曲はどこかモダンな雰囲気があり、昭和歌謡曲のようなウェットさは薄いように感じます。古関裕而という名前は知らなくても「栄光は君に輝く」や「六甲おろし」のように、今なお多くの人に親しまれている曲が多いのは、そこらへんも今の耳でも違和感なく聴けるモダンさがあるがゆえ、のようにも思いました。
コロムビアの専属作曲家して迎え入られれ、本格的にプロとしての道を歩みだしたのが昭和5年。そして亡くなったのは平成元年だったそうですので、同書でも書かれている通り、まさに「激動の昭和を体現した作曲家」と言えるでしょう。私は彼の名前だけは知っていましたが、これだけ長い時代にわたり人気を持続させてきたという事実ははじめて知りました。次は彼の手掛けた作品をCDなどでまとめて聴いてみたいなぁ。
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