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2020年1月24日 (金)

今のHIP HOPシーンをフォロー

今日は最近読んだ音楽関連の本の紹介です。一時期、大きな話題となったHIP HOP入門書の第3弾がリリースされました。

「文科系のためのヒップホップ入門3」。音楽ライターの長谷川町蔵氏と大和田俊之氏の対話形式によりHIP HOPの動向について書かれた本の第3弾。2011年に発刊された第1弾は「ヒップホップは音楽ではない」と言い切り、「ヒップホップは『場』を楽しむものである」という主張を繰り広げ、HIP HOPリスナー以外にとっては斬新さを感じさせる主張である一方、HIP HOPのコアなリスナーにとっては正鵠を得る見方だったようで、大きな話題となりました。

その後、昨年には2012年から2014年のHIP HOPの動向についてアップデートした第2弾を発刊。ただ、その段階で4年も前の話で終わっており、かつ、その当時から大流行していたトラップの「ト」の字も出てこないなど、完全に遅きに失した感は否めず。第3弾の発刊が待ち望まれていましたが、第2弾からわずか1年のインターバルで第3弾のリリースとなりました。今回はしっかり2018年の動向までキャッチアップ。ここ数年、シーンを席巻しているトラップまでしっかりと言及。また中間報告として2019年のシーンにも触れており、10月にリリースされたKanye Westの「Jesus Is King」にまでしっかりフォローしています。

ただ今回の中で一番興味深かったのが第3部「ブラックネスのゆくえ」。「オバマ政権下のアメリカ社会とヒップホップ」の副題で、アフリカ系アメリカ研究を行っている慶應義塾大学准教授の有光道生氏を迎え、ここ数年のアフリカ系アメリカンをめぐる社会動向にHIP HOPをからめて座談会形式で書かれた章。アメリカでいまだに続く黒人差別や、それをめぐるエンタメ界の動向などを描いています。ここらへんの話は、日本でも伝え聞こえてくる話はあるものの、なかなか大きなニュースとしては取り上げられない話が多く、また、単純に「黒人 vs 白人」みたいに二分化できるような動向でもない複雑な構図もあるため、非常に興味深く読みことが出来ました。ただ、もっとも全体的には「今のアメリカで起こっている事例の紹介」といった感じで、その結果の深い分析があるわけではなく、そういう意味で読み終わった後に「で?」みたいな感じもなきにしもあらずなのですが、それでもアメリカ社会の現状を垣間見れる、非常に興味深い章になっていました。

一方、2015年から2018年までのHIP HOPシーンについては、1年につき1章という章立てで、その1年のシーンを振り返っており、最後にはその年を代表するアルバムの紹介もついています。ただ、このHIP HOPシーンの紹介は、昔のようにHIP HOPを内輪的なゲームを行う「場」として紹介するよりも、純粋な音楽シーンとしての紹介が目立ってきているように感じました。それはシーンを1年毎に区切ってザっと紹介するというこの本のスタイルも影響しているのかもしれませんが、それ以上に、HIP HOP産業が大きくなり、ついにはアメリカの音楽業界の中でロックを抜いてもっとも売れるジャンルになってしまった今、第1弾で触れたような「ヒップホップは『場』を楽しむものである」という、かつての業界の前提が成立しえなくなってきているように感じました。

実際、本書でもDrakeに関するDisを巡って、「ヒップホップ的なバトルの構造を理解していないファンが彼(=Drake)にはいっぱいいる」(p223)と言及されています。おそらく、そういう現象は今後、Drakeに留まらないでしょうし、また、良くも悪くも内輪的な盛り上がりが一種の魅力だったHIP HOPというジャンルが、巨大産業になったことによって、ようやく広いリスナー層にアピールしていかなくてはいけないポピュラーミュージックの一ジャンルとして独り立ちした、ということなのかもしれません。それが長い目でみてHIP HOPにとってプラスになるのかマイナスになるのか、今の時点ではよくわからないのですが・・・。

その反面、HIP HOPシーンでユニークに感じたのは、2018年のシーンの紹介の中で「何かが試されている」(p225)というラッパーが出てきているという言及。要するに上の世代のリスナーにとっては、いまひとつ受け入れがたいような新しいミュージシャンが登場してきているという話なのですが、ただ、それだけ新陳代謝が進んでおり、どんどん新しいタイプのミュージシャンが出てきているということであり、シーンとしてはむしろかなり健全という話なのではないでしょうか。振り返って昨年、ロックシーンではビリー・アイリッシュという18歳のシンガーソングライターがかなり評判になりました。今時の若者の本音を体現化している、ということで絶大な支持を得たのですが、なぜか上の世代にも妙に評判がよく・・・それって、大人にとっても彼女の主張は「非常にわかりやすい」ということを意味する訳で、それって今時の若者の叫びとして正直、どうなの?と感じてしまいました。それよりもやはり上の世代が眉をしかめるようなミュージシャンが登場したということは、それだけ前の世代には登場しなかった新しいタイプのミュージシャンが登場してきた、と同義であり、それだけシーンが活性的ということを意味しているように感じます。そういう意味でもHIP HOPはシーンとしてまだまだ健全なんだな、ということを強く感じました。

正直、長くロックなどと比べて虐げられてきたHIP HOPを強く推したいがために、長谷川町蔵氏、大和田俊之氏両氏の主張は、「とりあえずHIP HOPならばなんでもOK」的な感じもあって、それはそれで批評としてどうなの?という部分もなきにしもあらずなのですが、そこらへんを差し引いても非常に興味深く楽しむことが出来た1冊でした。ただ、これでとりあえず2019年までカバーできたわけで、第4弾はまた4年後くらいになるのでしょうか?そうすると、あまりにも間が空きすぎてしまう感も・・・。一冊の「本」としては難しいかもしれませんが、電子書籍の形で、この本で言えば1章分のみ、毎年、アップデートする形でリリースしてくれないかなぁ。HIP HOPみたいな目まぐるしく状況が変わるシーンの中で旧来型の「書籍」みたいな形は合っていないのかもしれませんね。2020年以降の話はどういう形で発刊されるのかなぁ。

第1弾の感想はこちら

第2弾の感想はこちら

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