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2019年11月22日 (金)

重い歌詞をポップに聴かせる

Title:yeh
Musician:小谷美紗子

先日紹介したカネコアヤノは音楽的にも高い評価を受け、今、話題の女性シンガーソングライターでしたが、彼女もまた、独特の個性を持ち、かつ音楽的にも以前から高い評価を受けているシンガーソングライターのひとり。特に、その歌詞はデビュー当初から高い評価を受け、昨年は初となる詩集も発売しています。さらに今回のアルバムはその詩集の詩を、歌詞先で曲をつけた作品が多く、いつも以上に歌詞に力が入っている曲が目立ちました。

そのため、歌詞については、少々重い感じの曲が目立ったような印象を受けます。例えば「終戦の船出」などはまさに戦争が終わった後に生きる人の心境を描いた、というかなり重いテーマの作品。ただ、戦争を描いたといっても反戦歌というよりも、戦争が終わった後の人たちの心境から「生きる」ということについて描いたような、さらに重さを感じるテーマ設定になっています。「恋に落ちると馬鹿になる」もある意味、身も蓋もないタイトルになっていますが、こちらもある意味、小谷美紗子流の恋愛論といった感じの歌詞になっており、かなり本質をついたストレートな物言いに重さを感じる内容になっています。

特に歌詞の内容に強い印象を受けたのがラストを飾る「孤独の音が聞こえる」で、自殺を試みようとする人に対して、逆説的に生きることを説いた歌詞。非常に重いテーマ設定ながらも、ある種のユーモアさも感じる内容もあり、強いインパクトを残す曲となっています。もっとも正直なところ、内容的に疑問を感じる歌詞もあり、それが1曲目の「償い税」。ちょっと社会派な歌詞としてはちょっと直感的でポピュリズム的すぎる歌詞に疑問を感じてしまいます。ただ、この曲に限らず、彼女の政治的なメッセージを含んだ歌詞って、昔から変にまじめすぎる内容に違和感を抱く歌詞が多いのですが…。

そんないつも以上に力が入り、かつ重い内容の歌詞のアルバムとなっているのですが、ただ、楽曲自体はそれだけ重い歌詞になっていながらも、意外とポップなメロディーラインでリスナーの耳にすんなりと入ってくるようなポピュラリティーを持った作品に仕上がっていました。例えば「パラダイムシフト」などはシニカルな歌詞の内容に対して、軽快なピアノと爽快なメロディーラインで受け止めることにより、若干重さを感じる歌詞の内容を中和しているような感がありますし、前述の「恋に落ちると馬鹿になる」もジャジーなサウンドで軽快なポップに仕上がることにより、歌詞の内容の割にはいい意味であっさりとポップに聴けるような内容になっていました。

全体的にはピアノを主導として彼女の力強いボーカルを聴かせるようなスタイルの曲が並んでおり、比較的バンドサウンドが強かったここ最近の彼女の曲に比べると、ピアノが前に押し出された、あくまでもソロシンガーとしての小谷美紗子が前に押し出された形のサウンドになっていたように感じます。ただ今回の歌詞の重さを受け止めるには、このようなシンプルな形がむしろプラスになっていたように感じました。

今回のアルバムはそんな歌詞の重さがある故に、ポップで聴きやすいとはいえ、若干聴くのに覚悟がいるような、ポピュラリティーという面では薄い印象も受けます。ただ、一方で間違いなく小谷美紗子の魅力をしっかりと感じさせてくれる作品に仕上がっていたと思います。そんな訳で受け取りにくい部分も含め、しっかりと歌詞の世界を咀嚼して味わってほしいアルバムと言えるかもしれません。歌詞の面での彼女の本気も感じさせるアルバムでした。

評価:★★★★★

小谷美紗子 過去の作品
Odani Misako Trio
ことの は
us

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