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2019年10月15日 (火)

コミックソングからポピュラーミュージック史を眺める

今回も最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。今回読んだのはこちら。

ライターの矢野利裕による「コミックソングがJ-POPを作った~軽薄の音楽史」という1冊。ポピュラーソングの黎明期から今に続くまで脈々と歌われるコミックソングというジャンル。本作はそのコミックソングからJ-POPというよりも日本のポピュラーミュージックシーンを分析する1冊となっています。そういう紹介を聴いて、単に日本で売れたコミックソングを順々に紹介していく本、最初はそんな予想の元に読み始めました。しかし、実際にはこの本はそんな単純にコミックソングを紹介するだけの本ではありませんでした。

このコミックソングというジャンル、アメリカではノヴェルティソングと呼ばれているのはご存じの方も多いかもしれません。この「ノヴェルティ」は「珍しさ・目新しさ」という意味あり、いままでになかった音楽が入って来た時に、まずは「その珍妙さをフックにして、人々のあいだで音楽が広まっていく」ということを著者は指摘しています。この「『ノヴェルティ』性によって音楽が広まっていく」という力学に着目した上で、その視点から日本のポピュラーミュージック史を分析した力作となっていました。

この「ノヴェルティ」性によって音楽が広まっていくと言われて、おそらく私のようなアラフォー世代にとって思い出されるのはHIP HOPでしょう。HIP HOP、特に日本語ラップは、EAST END×YURIによる「DA.YO.NE」がヒットしたように、最初はコミックソング的に扱われてきました。しかし、それにより徐々にラップが広まっていき、Dragon AshがZEEBRAをフューチャーした「Grateful Days」のヒットによって一気にブレイクしました。本書ではそんなHIP HOPがノヴェルティ性により広がっていく側面ももちろん分析していますし、さらにそんな新しい音楽がノヴェルティ性を軸として広まっていく様子を戦前の日本のポピュラーミュージックの黎明期まで遡り紹介しています。

個人的に特に興味深かったのがこの戦前のポップス史の分析。戦前のヒットメイカーとしてよく取り上げられる添田唖蝉坊という演歌師がいます。彼は「オッペケペー節」のような政治性の強い歌を歌い、その社会的な側面をよく取り上げられます。しかし本書では彼の政治的スタンスよりもむしろ「『オッペケペー』という珍妙な言葉とサウンドが人々の気を引いた」と指摘。ほかにも「まっくろけ節」や「東京節」などもユーモラスな言葉のリズムというノヴェルティ性がヒットの要因となっており、そういう音楽の意味から解放された音感、いわば「音楽の軽薄さ」こそが重要であるという著者の分析には、目からうろこが落ちる思いがしました。

著者の本書を通じた重要な主張のひとつが、この「音楽の軽薄さ」の重要性であり、まさに副題の通り、日本のポピュラーミュージックの中の「軽薄さ」に焦点を当てて、その歴史を綴っています。特に興味深かったのが戦時下におけるジャズ。戦時下のジャズマンはジャズを演奏しつつも、歌詞を軍国主義的なものにすることにより当局の規制を逃れようとした歴史を紹介しています。まさに歌詞の内容ではなく、サウンドそれ自体が政治的なアクションを取っている例であり、「音楽の軽薄さ」と述べていますが、時として歌詞などの意味から離れたサウンドそれ自体が強いメッセージ性を持ちうる場合もあることがとても興味深く感じました。

戦後のポピュラーミュージック史でも、トニー谷からクレイジーキャッツ、ドリフターズにスネークマンショーからさらにタモリからダウンタウンへと続いていき、最近ではマキタスポーツに至るまで、日本のポップソングの中で輝かしい歴史を誇るコミックソングの系譜が紹介されています。また「音楽の軽薄さ」という観点では小室哲哉を巡る「音楽の軽薄さ」を紹介。確かに音楽の精神性よりリズムの楽しさをただ重視する小室哲哉の方向性はファンの立場からも納得のいく指摘でした(かつこの点が、「良心的な音楽ファン」から小室哲哉が批判される大きな要素なんでしょうね)。

ただ「あとがき」でも著書が書いているように、あまりにも奥の深い日本のコミックソング、書き切れていないことが多くありました。個人的にもピコ太郎やPERFECT FUMANにあれだけ分量を裂くよりも、例えば音楽のジャンルが受け入れられる時の「ノヴェルティ性」という意味では、メタルにおける聖飢魔Ⅱや日本のファンクにおける米米CLUBあたりを取り上げた方が本書の趣旨に合うのでは?

もっとも著者が終始指摘している「音楽の軽薄さ」と評している音楽の身体的な楽しさは、この手の音楽評論では無視されがちなのですが、実は音楽の本質とも言える部分であり、そういう意味でも本書の分析は最初から最後まで非常に興味深く楽しむことが出来ました。思った以上に音楽の本質に切り込んだ興味深い、鋭い分析に何度もうなずかされた1冊でした。

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