生と死をテーマに
Title:三毒史
Musician:椎名林檎
オリジナルアルバムとしては「日出処」以来、約4年半ぶりとなる椎名林檎のオリジナルアルバム。前作から約4年半の間、彼女の音楽活動で目立っていたのは数多くの男性ミュージシャンたちとのコラボでした。今回のアルバムでは、男性ミュージシャンとのコラボ曲を偶数曲に収録。そしてその間に椎名林檎ソロの曲を並べるという構成に仕上がっています。
そんな今回のアルバムで特に耳を惹いたのはこの男性ミュージシャンとのコラボ曲の素晴らしさでした。今回、コラボしているのはエレカシの宮本浩次やBUCK-TICKの櫻井敦司、NUMBER GIRL、ZAZEN BOYSで活躍している向井秀徳など癖のあるミュージシャンばかり。ただそんな曲者揃いのミュージシャンたちの個性をうまく引き出しつつ、一方でしっかりと椎名林檎の個性を加えてきている絶妙のバランスが大きな魅力となっていました。
例えば宮本浩次とのコラボ「獣ゆく細道」は楽曲的にはジャズをベースとした椎名林檎色の強いナンバー。ただこの曲の上を宮本浩次が曲名のごとく獣のように咆哮するボーカルが強いインパクトに。椎名林檎はボーカルとしてはあくまでもサブ的な立ち位置なのですが、椎名林檎らしい楽曲と宮本浩次のインパクトあるボーカルで両者の個性が見事融合した曲になっています。逆に櫻井敦司とのコラボ「駆け落ち者」は櫻井の音楽性に沿ったインダストリアルなナンバーに。こちらでは逆に椎名林檎と櫻井のボーカルがしっかりと四つに組んだデゥオを聴かせてくれており、ボーカリストとして椎名林檎の個性をしっかりと発揮しています。さらに向井秀徳とのコラボ「神様、仏様」では向井秀徳のギターがかっこいいロックンロールなナンバーに。こちらは向井のギターが林檎の曲の中でしっかりと個性を発揮した形となっており、これまた理想的なコラボとなっています。
楽曲的にはそれぞれのコラボ相手とのバランスを考慮したロックやジャズ、インダストリアルやらポップスやらバラバラとも言える構成になっていますが、そんなコラボ曲をつなぐ椎名林檎のソロ曲がまた見事。例えば「獣ゆく細道」と「駆け落ち者」の間をつなぐ「マ・シェリ」はフレンチ風のナンバーなのですが、ちょっとジャジーな雰囲気で「獣ゆく細道」とつなぎつつ、一方で妖艶さを加えることによって「駆け落ち者」との間も見事につないでいます。アルバム全体を通じて、楽曲の構成も非常に上手さを感じさせ、楽曲的にはかなりバリエーション豊富な構成でありつつ、アルバム全体として一体感を覚える作品に仕上がっていました。
ちなみに今回のアルバム「三毒史」というタイトルですが、これは「三国志」のパロディー的なタイトルながらも、「三毒」とは仏教において克服すべき煩悩を意味する“むさぼり”“いかり”“おろかさ”のこと。人間の生きていく中での諸悪・苦しみの根源とされるそうで、今回のアルバムはまさにそんな生きるということ、そして死をテーマとしたコンセプチュアルな内容にも感じます。実際、アルバムの1曲目は「三毒」を象徴する獣をタイトルとした「鶏と蛇と豚」からスタート。いきなり般若心経からスタートするのですが、ファンタジックなサウンドとお経のアンマッチがユニークな楽曲から開始。お経を入れることによって、仏教的な概念である「三毒」というテーマをより強調しると同時に、(本来的な意味合いとはことなるものの)私たちにとってお経からイメージしてしまう「お葬式」=「死」を感じさせるようなスタートとなっています。
一方アルバムのラストの「あの世の門」は彼女が子供のころに先天的な疾患で死に瀕していた記憶に基づいて書いた曲だとか。ブルガリアの聖歌隊が参加しており、1曲目とはまさしく対照的な構成に。こちらも「死」を意識しつつ、聖歌隊の澄んだ雰囲気の歌声に逆に「生」を感じさせる楽曲になっています。アルバムのテーマ的にも最初から最後までうまくつながっており、アルバム全体としての統一感を覚える内容になっています。
ちなみに前述のとおりバリエーションある曲調も大きな特徴となっており、サイケの要素も加えたギターロックチューン「急がば回れ」やブギウギ調で軽快な「ジユーダム」、またトータス松本と組んだビッグバンド調の「目抜き通り」などバラエティー豊かなのですが、椎名林檎として完全に新しいスタイルというよりも、いままでの彼女の楽曲の中で出会ったことあるような曲が多く、そういう意味では紆余曲折あった椎名林檎の音楽活動の集大成的な構成にも感じました。
コンセプト的にも楽曲の構成的にも、そして1曲1曲の出来としても実によく出来たアルバムとなっており、椎名林檎の底力を感じられる傑作アルバムだったと思います。また、間違いなく今年を代表する1枚とも言える内容だったと思います。デビューから20年以上が経過した今でありつつ、ここまでのアルバムを作り上げてくるのは驚愕すらしてしまいます。これからの彼女の活動からも目が離せなさそうです。
評価:★★★★★
椎名林檎 過去の作品
私と放電
三文ゴシップ
蜜月抄
浮き名
逆輸入~港湾局~
日出処
逆輸入~航空局~
ほかに聴いたアルバム
NIGHT OF THE BEAT GENERATION/THE BEATNIKS
1981年以来、断続的に活動を続けている高橋幸宏と鈴木慶一による音楽ユニット、THE BEATNIKSのライブアルバム。ライブサポートメンバーに、ゴンドウトモヒコ、砂原良徳、白根賢一、高桑圭、堀江博久、さらには相対性理論の永井聖一と豪華なメンバーをズラリと揃えています。内容的にはロック、ポップスを軸としてソウルやフォーク、ニューウェーブなどを取り込んだ非常に自由度の高いポップチューンを展開。大人が音楽を使って自由に遊んでいる・・・そんな印象を受けるライブ盤になっていました。
評価:★★★★★
THE BEATNIKS 過去の作品
LAST TRAIN TO EXITOWN
EXITENTIALIST A XIE XIE
Thank you for our Rock and Roll Tour 2004-2019 FINAL at 日本武道館/THE BAWDIES
昨年リリースされたベストアルバム「THIS IS THE BEST」後のツアーファイナル、2019年1月17日に行われた、自身3度目となる日本武道館でのライブを収録したベストアルバム。ロックンロールの聖地としての日本武道館公演にかなりこだわりを持っている彼ららしく、かなり気合の入った演奏が楽しめるライブ盤。途中、MCやコントのような寸劇もそのまま収録されており、ライブの空気感もそのままパッケージされたような内容になっています。THE BAWDIESのライブの雰囲気がそのまま伝わってくるアルバム。何気に彼らのワンマンは一度も行ったことないから、一度行きたいんですよね・・・。その思いがより強くなったライブ盤でした。
評価:★★★★★
THE BAWDIES 過去の作品
THIS IS MY STORY
THERE'S NO TURNING BACK
LIVE THE LIFE I LOVE
1-2-3
GOING BACK HOME
Boys!
「Boys!」TOUR 2014-2015 –FINAL- at 日本武道館
NEW
THIS IS THE BEST
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コメント
デビューから20周年以上経った今、世の中に突き付けた椎名林檎さんの「完成形」にして「成長譚」ですね。
投稿: ひかりびっと | 2020年4月15日 (水) 15時57分
>ひかりびっとさん
椎名林檎の完成形ですね。
投稿: ゆういち | 2020年7月 6日 (月) 22時17分