クラシックとポップスの橋渡し的な存在として
今日は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介。今回読んだのは、「Studio Voice」の元編集長で音楽評論家の松村正人による現代音楽の歩みを網羅的に紹介した「前衛音楽入門」です。
私が現代音楽、あるいは前衛音楽というものにちょっと興味を持ったきっかけが、一時期、クラシック音楽に手を伸ばしかけた時に勉強のために読んでみた「もう一度学びたいクラシック」というクラシック音楽の歴史を概観的に紹介した本。グレゴリオ聖歌からはじまり最後は前衛音楽まで網羅的に紹介した一冊なのですが、この中で前衛音楽の触りが紹介されていました。その中では録音した音源をつなぎあわせて新しい音楽を作るという、サンプリングに通じる「ミュージック・コンクレート」という作曲手法や、テクノなどのジャンルではおなじみのミニマル・ミュージックという作曲手法などが紹介。ポピュラーミュージックのジャンルでそのような手法が取り入れられる以前の1960年代や70年代あたりに前衛音楽としてそのような音楽が誕生していたことを知り、驚き、前衛音楽というジャンルに興味を持ちました。ただ、その後はいろいろなジャンルの音楽を聴くのに忙しく、前衛音楽のジャンルまではなかなか手が伸びず、今に至っています。
そんな状況の中で出会ったのが今回のこの一冊。「入門」というタイトル通り、まさに前衛音楽の歩みを概観的に紹介した一冊なのですが、イラストや写真などを用いてわかりやすく紹介したいわゆるノウハウ本的な本ではなく、学術書とまではいきませんが、前衛音楽の歴史をその思想的な側面まで踏み込んで丁寧に解説したしっかりと読ませる一冊となっています。正直言って、次々と人物が登場し、専門用語も特に注釈なく登場してくるため音楽的に全くの初心者だとちょっとわかりにくい感じもするのですが、ただ非常に読み応えのある作品ではありました。
特に今回この本を読んでみようと思ったのが、上にも書いた通り、前衛音楽がポピュラーミュージックと、クラシック音楽などのいわゆる「芸術音楽」との間をむすびつける橋渡し的な要素を感じていたのですが、この本がそんな前衛音楽の一環としてポップスのジャンルもきちんと取り上げていたからで、この本は最初、エリック・サティからスタートするのですが、フリージャズやHIP HOPのサンプリングまで触れ、最後はソニック・ユースで締めくくっています。また、序章ではRADIOHEADの名盤「KID A」の前衛音楽からの影響についても書かれています。
さて今回、この本を読んであらためて知ることが出来たのは前衛音楽というジャンルは非常に思想性の強いジャンルであるという点でした。音楽というジャンルに意識的もしくは無意識的に存在するある種の規範をあえて逸脱することにより、その向こうに広がる新しい音楽を模索する作業、それが前衛音楽であるということがこの本を読むことにより知ることが出来ました。そのため、前衛音楽には音楽家のある種の哲学が反映されており、本書でもその哲学的な部分についても簡単に記載されており、正直、読んでいて難解な部分も少なくなかったのですが、興味深く読むことが出来ました。
もっとも、前衛音楽を理解するためには、おそらく音楽に限らず前衛芸術全般に言えることだとは思うのですが、そういった思想的な背景を知る必要があり、それがこの手の前衛芸術を「難解なもの」と一般的に認識される大きな要因なのでしょう。ただ一方でそんな前衛音楽の中からも、例えばミニマルミュージックなどはポピュラーミュージックの手法として一般的なものとなっていますし、無調の音楽もポップスの中でも多く取り入れられているようで、音楽の規範を逸脱した向こうに、新たに魅力的な音楽の世界が広がっていたという事実におもしろさも感じます。今回、この本を読むことでそんな前衛音楽の魅力を強く感じることが出来ました。
ただ一方、ちょっと残念に感じる部分があり、まず一点目は本書に索引がなかった点。この本では前衛音楽の作曲家が多く登場しますし、また新たな音楽のジャンルも多く登場します。そのため固有名詞も多く、初心者にとっては読み進みにくい要因になっているのですが、それを手助けするための索引がなかったのは非常に残念。また読み終わった後に後日であった前衛音楽について調べるためにもこの手の本には索引が必須だと思うのですが・・・その点は非常に残念に感じます。
また、文章の中に前衛音楽の歴史の中の転機になったアルバムが多く紹介されているのですが、そういったアルバムに関してのディスクガイドがなかったのは残念。最後に何枚かディスクガイド的にアルバムが紹介されているのですが、本書の中で登場するアルバムとは異なっているアルバムも多く、現在の視点から見て、本書の中に登場するアルバムの立ち位置がいまひとつわからない部分もあり、そういう意味ではもうちょっと充実したディスクガイドが欲しかったようにも思います。もっとも、ともすれば膨大にひろがりかねない前衛音楽のジャンルで入門的に聴くべきアルバムを絞ったという見方も出来る訳で、最後に紹介されているアルバムについては是非聴いてみたいと思うのですが。
そんな訳でちょっと残念な部分はありつつも、全体的にはとても魅力的に前衛音楽について知ることが出来た良書でした。これを機に、いままで知らなった世界の音楽にも手を広げられるかも。まずは本書の最後に紹介されているアルバムを1枚ずつ聴いてみたいと思います!
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 60年代ソウルの入門書として最適な1冊(2024.12.21)
- ブルースへの愛情を感じさせるコラム(2024.12.06)
- 一世を風靡したプロデューサー(2024.10.26)
- 今のR&Bを俯瞰的に理解できる1冊(2024.10.21)
- 偉大なるドラマーへ捧げる評伝(2024.10.18)
コメント