新世代のポップスター誕生・・・・・・か?
Title:When We All Fall Asleep, Where Do We Go?
Musician:Billie Eilish
おそらく、今、世界的には2019年、もっとも注目を集めているミュージシャンが彼女でしょう。本作がデビュー作となる若干17歳のアメリカ出身の女性シンガーソングライター、ビリー・アイリッシュ。もともと、彼女と兄、フィニアスが一緒に書いた曲「Ocean Eyes」をサウンドクラウドにアップしたところ大ヒットを記録。デビューアルバムである本作も同じく、フィニアスと共に自宅のベッドルームで作り上げたという、そのDIYのスタイルも大きな評判を呼びました。
そしてこのデビュー作はいきなり全米及びイギリスでもチャート1位を記録。ほかも全世界的に数多くの国で1位を獲得するなど全世界的にブレイクし、まさに最も注目を集めるミュージシャンとなっています。特にアメリカの1位は2000年代生まれでは初、イギリスでは女性ソロミュージシャンでは最年少となる1位獲得となっており、その人気のほどがわかります。
彼女が大きな注目を集める要因として、ネット発であくまでも自分たちだけで楽曲を作り上げていくスタイルや、独特のファッションスタイル、トゥレット症候群を患っていることを公表するなど、自分をさらけ出す姿勢など社会的な規範にとらわれないスタイルも共感を呼んでいるようです。ただそんな中でももちろん注目を集めているのは彼女の楽曲自体でしょう。
彼女の楽曲は同世代の若者の叫びを体現化しているという点でも特に彼女と同じ世代の若者に絶大な支持を得ているようです。ただ、若者の叫びというと、「叫び」という言葉通り、思いっきりシャウトするパンクだったりメタルだったりのスタイルを彷彿とさせます。ところが彼女の場合は全く逆。むしろシンプルなサウンドをバックとしたメロディアスな楽曲を淡々と歌うというスタイル。作風はかなり暗く、曲によってはホラー地味てさえいるため「ダーク・ポップ」なる呼称も付けられ、今後のあらたなムーブメントと目されてすらいます。
この暗い作風に内省的な歌詞が、昨今の鬱屈した若者の心境とピッタリマッチ。彼女の支持を集める大きな要因となっているようです。日本でも同じように先行きが不透明な社会の中、若者が鬱屈した心境を抱えるという現状は欧米と同じ。ただ残念ながら彼女のデビューまで、またデビュー直後の言動は日本にはなかなか伝わってこない状況ですし、また楽曲にしても歌詞がストレートに伝わってこないだけに日本では欧米ほどのブームにはなっていません。ただ、純粋に彼女の曲だけを取り上げて聴いたとしても本作は実によくできた傑作に仕上がっていたと思います。
イントロを挟んで1曲目の「bad guy」はシンプルなエレクトロサウンドにウィスパーボイスでラップ気味のボーカルを聴かせるスタイルなのですが、ダークなサウンドながらもテンポよくリズムカル。ポップなメロディーが流れておりいい意味で聴きやすいポップチューンになっています。続く「xanny」はまさにしんみりと切ないメロディーを聴かせるポップチューンで、そのシンプルに聴かせるメロディーは純粋にポップソングとして優れた作品となっています。
「all the good girls go to hell」も哀愁感あるメロディーラインは日本人にも受けそうですし、「wish you were gay」も切ないメロディーラインが胸に響くナンバー。「あなたがゲイだったらよかったのに」というタイトルとフレーズはいかにも今風な感じがします。さらにピアノとハーモニーで重厚さを醸し出しつつしんみり聴かせる「when the party's over」やトライバル気味なリズムにラップを取り入れた「my strange addiction」、エレクトロ色が強くリズミカルな「ilomilo」など楽曲的にもバラエティー豊富。HIP HOPやポップス、ロックなどを等距離で取り入れているスタイルもいかにも今どきな印象を受けます。
静かに聴かせる楽曲で若者の鬱屈した心境を内省的に聴かせるというスタイルは個人的にはどこか日本のミュージシャンの森田童子に似ているような印象すら感じました。ただ全く自分自身を表に出すことのなかった森田童子に対して、ファッション的にもアイコンとして注目をあつめ、積極的に自分を発信しているビリーは大きな違いがあります。この点もSNSなどにより自分を発信するのが当たり前となった今の時代ならでは、といったところなのでしょうか。
ただ彼女に関してはちょっと違和感がある部分があって、まず妙に上の世代の受けが良いということ。確かに彼女の楽曲自体はシンプルなポップスですし、「若者世代の鬱屈した感情を吐露」というスタイルもわかりやすい構図なのでしょう。ただ、「この世界はクソだ」のような発言をしている彼女を、その「世界」を作り上げた大人が称賛している構図には違和感を覚えます。またそれの延長線上の話ではあるのですが、メディア的なプッシュが大きく、いかにも「新世代のスター」を作り上げようとしているような雰囲気を感じてしまい違和感が。取り上げられ方的にはハイプ的ではないか、と思わないこともなく、今後の動向も気にかかります。
もっともそこらへんを差し引いてもアルバムとして純粋によくできたポップソングである事実には間違いありません。彼女のスタイル自体はなかなか伝わってこないのですが、純粋にポップソングとして日本でも十分受け入れられそう。上に書いた違和感の部分も含めて、いろいろな意味で今後の動向にも注目したいミュージシャンでしょう。
評価:★★★★★
ほかに聴いたアルバム
Agora/Fennesz
Fennesz名義で活動しているオーストリアのギタリスト、クリスチャン・フェネスの新作。日本では坂本龍一とのコラボでも知られていたりします。全編ノイズで埋め尽くされるメタリックな雰囲気の作品となっていますが、そんな中に静かなピアノの音が入っていたり、ファンタジックな雰囲気を感じたり、どこか優しさを感じさせる点が特徴的。ミニマルなサウンド構成にも心地よさを感じつつ、ジャンル的には「ノイズ」にカテゴライズされそうな雰囲気ながらもある種のポピュラリティーを感じさせる作風が魅力的でした。
評価:★★★★★
Fennesz 過去の作品
flumina(fennesz+sakamoto)
This Land/Gary Clark Jr.
デビュー時は新進気鋭のブルースギタリストとして話題となった彼もこれが3枚目。ブルースというジャンルに留まらず、ラップを取り入れたり、ロックやファンク、レゲエやソウルなど幅広いジャンルを取り入れています。中には「これ、本当に彼の曲?」と思ってしまうようなパンクロックナンバーなんかもあったりして、かなりバリエーションがあるのですが、その結果、あまりにもバラバラで彼としての主軸の部分が見えなくなってしまっている印象が。全体的には正直なところ「迷走している」という感の否めないアルバムになっていました。
評価:★★★
Gary Clark Jr. 過去の作品
Black&Blue
The Story of Sonny Boy Slim(サニー・ボーイ・スリムの物語)
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