昨年あった音楽関連のニュースの中で、間違いなく音楽ファンの大きな話題となったのがぼくりりことぼくのりりっくのぼうよみの活動休止のニュースでしょう。9月21日に出演した日テレ系ニュース番組「NEWS ZERO」の中で突然、活動休止を宣言。衝撃を与えました。そんな彼がラストにしたのが今回紹介するベストアルバムと最後のオリジナルアルバムです。
Title:人間
Musician:ぼくのりりっくのぼうよみ


「ぼくのりりっくのぼうよみ」、この少々奇妙な名前のミュージシャンはもともと動画サイトのニコニコ動画への動画投稿から話題となったミュージシャンでした。そんな彼は2015年にメジャーデビュー。当時、まだ17歳だった彼は、現役高校生ミュージシャンとしても大きな話題となりました。
デビュー当初からその文学的要素の強い歌詞と完成度の高いトラックから「天才」の呼び声も高かった彼。それだけにデビューからわずか3年での「引退」は大きな衝撃を持って迎えられた訳ですが、今回リリースされたベスト盤を聴くと、「天才」と呼ばれた高い評価の理由もよくわかるように思います。
一般的には「ラッパー」と呼ばれることも多く、確かに楽曲にはラップの要素も強く入っているのですが、サウンドにはHIP HOP的な要素はあまり強くなく、ジャズ、ソウルの要素を取り入れたAORの色合いの強いメロウなポップチューンがほとんど。様々な音楽的要素を取り込んだサウンドは、まだ10代とは思えない大人びた才能を感じさせます。また、どの曲もポップなメロディーが流れており、HIP HOPリスナーだけではなく、ブラックミュージックのリスナーなポップス好きにも訴求力のある楽曲が楽しむことが出来ます。
歌詞の世界も「文学的」と言われるものの決して小難しい訳ではなく、楽曲のテーマ性は比較的わかりやすく、聴きやすい内容になっています。ただし、決してJ-POP的な単純な内容にはなっておらず、しっかりと聴かせる内容に。この歌詞についても10代らしからぬ才能を感じることが出来ます。
また今回、突然の引退の理由として「できあがった他の人たちの中にある偶像に自分が支配されちゃうことにすごく耐えられない」と語っていました。今回のベスト盤の歌詞を見ると、この「本当の自分」「他人から見た自分」ということをテーマとしたような歌詞が散見されます。例えば「Be Noble」では
「肩書もなにも取っ払ったら
最後に僕に何が残る?」
(「Be Noble」より 作詞 ぼくのりりっくのぼうよみ)
という歌詞が登場してきますし、「sub/objective」でも
「いつしか物を見ている自分を見るようになった
人からどう見えてんのか それだけ気にしてる」
(「sub/objective」より 作詞 ぼくのりりっくのぼうよみ)
と歌われており、彼自身、今回の引退の理由となった「自分の在り方」ということを以前から強く考えていたことを伺わせます。さらに「after that」では
「誰かの期待に応える必要なんてないよ
やりたいことがないんだったら 寝ていればいいよ」
(「after that」より 作詞 ぼくのりりっくのぼうよみ)
なんて歌詞は、まさに彼の引退の理由を裏付けるものではないでしょうか。
評価:★★★★★
そしてオリジナルアルバムとしてラストとなる「没落」はまさに引退していく彼の心境の吐露とも言うべき内容となっていました。
Title:没落
Musician:ぼくのりりっくのぼうよみ


本作はいきなり「遺書」という曲からスタート。爽やかでアップテンポな曲調とは裏腹に
「丹精込めて育てた偶像を
今日を持って破壊することに決めました」
(「遺書」より 作詞 ぼくのりりっくのぼうよみ)
とまさに今回の引退に至る心境をテーマとした歌詞が心に響いてきます。またジャジーなサウンドが爽やかさも感じる「二度と来ない朝」もタイトル通り、サウンドとは裏腹に歌詞がかなりへヴィーになっています。さらに中盤の「断罪」「人間辞職」もタイトル通り、ひたすら自らの罪を吐露するような、かなり重い歌詞に。まさに今の彼の状況と本来ありたいと願う彼の姿にズレが生じていることを、歌詞を通じて語り掛けています。
まさに「没落」というタイトルそのものの、非常に重い歌詞が今回のアルバム全体に流れています。確かにこの歌詞から読み取れる彼の心境をもってすれば、「引退」という選択肢には納得せざるを得ません。ただ一方で、エレクトロサウンドを積極的に用い、全体的にはソウルやジャズの要素を入れてメロウにまとめあげているトラックは爽やかさを強く感じ、パッと聴いた感じではさほど重さを感じず、さらっと聴けてしまいます。ここらへん、あくまでもポップという主軸を失わずアルバムをまとめあげているのも彼の実力、そしてバランス感覚の良さと言えるかもしれません。
ただ最後を飾る「超克」は現状を破壊しようと歌いつつも、ラストは
「誰も 見たことのない 景色が見たい
まっさらな雪
身を焦がす炎のなかで
真っ青な未来を見る」
(「超克」より 作詞 ぼくのりりっくのぼうよみ)
と、次につながる未来を感じさせる、どこか明るいラストで締めくくっています。
アルバム全体としてテーマ性があり統一感がある作品。まさに今回の引退に至った心境をそのまま描いた重い内容になっていながらも、爽やかなトラックやポップなメロ、そして未来を感じさせるラストに救われる形で、いい意味で聴きやすいアルバムになっていました。
ある意味、ぼくりりの集大成的なものも感じるアルバムで、間違いなく彼のアルバムの最高傑作に仕上がっていたのではないでしょうか。あたためて彼が「天才」と称される理由のわかるアルバム。そのトラックを含めて、非常に完成度の高い作品に仕上がっていました。
評価:★★★★★
本作で「ぼくのりりっくのぼうよみ」としての活動に幕を下ろした訳ですが、ただ個人的には彼はまた「ぼくりり」とは別名義で、比較的早く音楽シーンに戻ってくるのではないでしょうか。ある意味、これだけ音楽に自分の心境を吐露している彼にとっては既に音楽は自分をさらけだすなくてはならない「表現」になっているはず。一時的に活動を停止しても、その「表現したい」という気持ちは徐々に膨らんでいくように思います。それだけに「ぼくりり」名義を投げ捨ててからの彼の新たな表現に期待したいところ。首を長くして、来るべく「その日」を、ただ待っていたいと思います。
ぼくのりりっくのぼうよみ 過去の作品
hollow world
Parrot's paranoia
Noah's Ark
Fruits Decaying
ほかに聴いたアルバム
GRRRLISM/あっこゴリラ


名前だけでインパクトがある女性ラッパーによるソロデビュー作。実は彼女、以前、「HAPPY BIRTHDAY」という女性ロックバンドでメジャーデビューを果たしており、今回、ジャンルをロックからHIP HOPに移しての再デビューとなりました。
このHAPPY BIRTHDAYというバンド。デビューの頃は「女版銀杏BOYZ」みたいに言われてちょっと話題になったバンドでした。あっこゴリラも女性の本音を切り取ったリリックが大きな特徴となっており、そういう意味ではHAPPY BIRTHDAYの延長線上と言えるかもしれません。楽曲は全体的にリズミカルで聴きやすい内容だったのですが、ただ正直、歌詞は「売り」の割にはインパクトあるフレーズがあまりなく、ちょっと物足りなさを感じてしまいました。
実はHAPPY BIRTHDAYというバンド、アルバムを聴いたことはなかったのですが、一度ライブを見たことがあります。その時も歌詞のインパクト不足を感じてしまい、悪くはないけど、と感じた覚えがあります。今回のアルバムに関しても残念ながらその傾向は悪い意味で引き継いでしまった感が。ただリズミカルで楽曲自体のインパクトはそれなりにあり、また珍しい女性ラッパーということもあって、今後に期待したいラッパーではあります。これからの期待といった感じでしょう。
評価:★★★★
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