« St.Vincentの本質的な部分が現れた傑作 | トップページ | ファン投票の傾向も興味深い »

2018年12月 2日 (日)

幻の音源

Title:Give Out But Don't Give Up:The Original Memphis Recordings
Musician:Primal Scream

Primal Screamが1994年にリリースしたアルバム「Give Out But Don't Give Up」。1991年にリリースされ、アシッドハウスの要素を多く取り入れることによりロック史に残る傑作として今なお評価の高いアルバム「Screamadelica」の直後にリリースされた本作。前作の方向性からガラリと変わり、アメリカ南部の音楽を多く取り入れレイドバックした作風になっていたため評判の方は残念ながら評価の方はいまひとつのアルバムになっています。

このアルバム、もともとはアレサ・フランクリンなどのプロデュースでも知られるトム・ダウドをプロデューサーとして迎え、マッスル・ショールズ・リズム・セクションとメンフィスで録音を行ったものの、その内容にクリエイション・レコーズのアラン・マッギーが落胆。あらたにジョージ・ドラキュリアスをプロデューサーとして迎えレコーディングを行い、今の形になったとか。いままでそのメンフィスでのレコーディング音源は日の目を見ることがなかったのですが、今回、メンバーのアンドリュー・イネスの自宅地下室で当時の音源を発見。今回、オリジナルレコーディングとして新たにリリースされることになりました。

そうしてリリースされた今回のアルバムなのですが、当初アルバムとしてリリースされた音源と比べると、明らかにその方向性に違いが見える興味深い内容に仕上がっています。簡単に言ってしまうとアルバムとしてリリースされた音源と比べると、あきらかによりソウルやブルースなどの雰囲気が強くなり、泥臭い感じが増した方向性になっています。例えば、いまでも彼らの代表曲としてライブではおなじみの「Rocks」はメンフィスレコーディングではよりホーンやピアノを前に押し出し、いなたさを強く感じる録音になっているのに対して、リリース音源ではホーンやピアノの音は残されているものの一気に後ろに下がり、ギターサウンドを前に出したロック色の強い音源になっています。「Call On Me」も同様。メンフィスレコーディングではピアノやホーンの音をより押し出したアレンジになっているのに対して、リリース音源ではここらへんの音は抑え気味となり、ギターサウンドを前に押し出したアレンジとなっています。

「Sad and Blue」とか「Big Jet Plane」とか、比較的リリース音源と大きな違いがない曲もあるのですが、全体的にはアメリカ南部の音楽を取り入れているという方向性がより明確になっているメンフィス音源と比べて、リリースされた音源はメンフィス音源のいなたさが軽減され、代わりにロックという方向性が強くなっています。またおもしろいのはリリースされた音源が全部収録されているわけではなく、例えば「Funky Jam」「Struttin'」「Give Out but Don't Give Up」「I'll Be There for You」の4曲はメンフィス音源に含まれていません。これらのうちバラード曲「I'll Be There for You」以外はファンキーな作風でイメージ的には「Scremadelica」の方向性に近い作風。当初の方向性があきらかにルーツ志向に向かいすぎたため、後日追加にレコーディングした作品によりかじ取りを修正した後が伺わされます。また、逆にメンフィス音源に収録されている「Jesus」は1997年にリリースされた「Star」のカップリングでようやく日の目を見ることになる音源で(日本では97年のアルバム「Vanishing Point」のボーナストラックで収録)。ブルージーに聴かせるなかなかの名曲なのですが、おそらく他に同様のブルージーなバラードが多かったため、アルバムから省かれたものと思われます。

確かに今回のメンフィス音源を聴くと、いなたさがあきらかに強すぎて、このままリリースすると「Screamadelica」の次のアルバムとしてはファンは戸惑うだろうなぁ、ということは強く感じます。ただこれはこれでアルバムの出来として決して悪くはなく、今回、アルバムとして新たにリリースすることにしたメンバーの意向はよくわかります。むしろソウルやブルース的な要素を強く取り込もうとしていまひとつ中途半端に終わってしまった感のあるリリース音源に比べて、メンフィス音源はその方向性が明確にあらわれており、見方によっては、この音源をリリースした方が、リアルタイムでは売れなかったかもしれないけども、アルバムとしての評価はむしろ高くなったのではないか、とすら感じてしまいました。

そんな訳で、ある種のファインズアイテム的な要素も強くアルバムなのですが、内容的には非常に興味深い内容。特にアルバム「Give Out but Don't Give Up」の本質的な部分が強く表に出ている音源でもあるため、ファンなら要チェックの1枚ですし、ファンならずとも彼らのアルバムの1枚として聴いてみても損はない作品だと思います。

ちなみにDisc2はデモ音源集。こちらは作品完成前のアイディアの欠片的な曲があったり、途中でいきなり終わる曲もあったりと、ファンズアイテム的な要素も強い「アイディア集」的な作品。ファンとしては興味深く聴ける内容ですが、幅広くはお勧めしずらいかも。もっとも、本編の方は素晴らしい内容だったと思うので下記の評価に。個人的にはリリース音源よりもこちらの方が好き、かも。

評価:★★★★★

primal scream 過去の作品
Beautiful Future
Screamadelica 20th Anniversary Edition
More Light
Chaosmosis


ほかに聴いたアルバム

LOOK UP/Elvis Costello&The Imposters

Elvis&The Imposters名義では2008年の「百福」以来10年ぶりとなるコステロの新作。序盤は軽快なギターロックナンバーが顔をのぞかせるものの、中盤以降はムーディーな雰囲気の聴かせる楽曲がメイン。もちろんコステロらしいポップスセンスある楽曲は耳を惹きますが、全体的には大人のポップスという印象を受けるアルバムに。単独名義としては前作となる「National Ransom」に通じるような作品になっていました。

評価:★★★★

Elvis Costello 過去の作品
Momofuku(Elvis Costello&the Imposters)
Secret,Profane&Sugarcane
National Ransom
Wise Up Ghost(Elvis Costello&The Roots)

HAPPY XMAS/Eric Clapton

クラプトンの新作はなんとクリスマスアルバム。もうこんな時期になるのかぁ、と同時にこうやってクリスマスソングでアルバム1枚リリースしてくるあたり、向こうの人にとってはクリスマスが重要な行事なんだな、と伺わせます。楽曲はクリスマスソングをブルージーにカバーしているアルバム。ただ、このうち「Jingle Bells」は今年4月に急逝したAviciiを偲び、なんと打ち込みを取り入れたカバーになっています。そのため若干浮いてしまっている感は否めないのですが、全体的には卒なくブルージーにカバーしたアルバムに。目新しさはないけれども安定感のある、安心して聴けるアルバムになっていました。

評価:★★★★

ERIC CLAPTON 過去の作品
Clapton
Old Sock
I Still Do

|

« St.Vincentの本質的な部分が現れた傑作 | トップページ | ファン投票の傾向も興味深い »

アルバムレビュー(洋楽)2018年」カテゴリの記事

コメント

クラプトンのクリスマスアルバムはそつなくこなしている感がいい意味でありましたね。

投稿: ひかりびっと | 2018年12月25日 (火) 19時33分

>ひかりびっとさん
ご感想どうもありがとうございました。

投稿: ゆういち | 2019年1月26日 (土) 22時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 幻の音源:

« St.Vincentの本質的な部分が現れた傑作 | トップページ | ファン投票の傾向も興味深い »