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2018年10月28日 (日)

変わり続ける彼女たち

Title:タイム・ラプス
Musician:きのこ帝国

今年、結成10周年を迎えるロックバンド、きのこ帝国。もともとインディーズ自体はホワイトノイズで楽曲を埋め尽くしたシューゲイザーバンドとして大きな話題となりました。そんな彼女たちも2015年にメジャーデビュー。しかし、このメジャーデビュー作「猫とアレルギー」がいままでの方向性から一転し、一気にポップ路線にシフトした作風だったこともあり、インディーズ時代からのファンに失望を与えたアルバムになってしまいました。

ただメジャー2作目「愛のゆくえ」はけだるく幻想的な作風で、インディーズ時代の彼女たちを彷彿させるような作品もあり、引き続きポップス路線ではあったもののメジャーデビュー作で失望したファンにとってもちょっと安心できるアルバムになっていました。

そして続く3作目。感想としては正直言うと複雑だな、といった印象を受けるアルバムに仕上がっていました。まず率直に言ってギターロックのアルバムとしては非常によく出来たアルバムになっていたと思います。まず「WHY」はへヴィーなギターリフのインストからスタートし、むしろハードな印象を受けるスタート。楽曲自体は非常にポップなメロディーを聴かせてくれるのですが、分厚いギターサウンドが印象的な楽曲になっています。3曲目「ラプス」のちょっと幻想的な雰囲気を感じさせる楽曲あたりが彼女たちの本領発揮といった感じでしょうか。

今回のアルバムの、特に中盤の真骨頂とも言えるのが5曲目の「傘」。哀愁感たっぷりの泣きメロともいうべきメロディーラインはいい意味で歌謡曲的なインパクトを持っています。歌詞も孤独な心境を歌った、まさに歌謡曲テイストの切ない内容が強く耳に残ります。

歌詞が印象的といえばタイトルからしてある程度歌詞の内容は推測できそうなラブソング、「ヒーローにはなれないけど」も印象的。続く「金木犀の夜」も切ないラブソングとなっているのですが、「声が聴きたくなって 電話番号を思いだそうとしてみる」という歌詞、20年くらいまでのポップスでお目にかかりそうな・・・。携帯電話の電話帳登録が当たり前になった今の世代にとってはちょっと珍しさを感じるような歌詞なのですが、それが楽曲の中では逆にひとつのインパクトとなっています。

これらの曲を中心として今回のアルバム、全体としてメロディーと歌詞をしっかりと聴かせる「歌」としての強度がかなり増したアルバムになっていました。この「歌」としての側面を見た場合には非常によく出来たアルバムになっていたと思います。もしこのアルバムが純粋にあるギターロックバンドのデビュー作だったら間違いなく諸手あげて絶賛できる傑作という印象を受けたでしょう。

ただ、インディーズ時代のポストロック、シューゲイザーバンドとしてのきのこ帝国のニューアルバムとしては正直言うとちょっと微妙なアルバムだったなぁ、と思います。インディーズ時代にきのこ帝国のファンになった方が、これで再度彼女たちのファンに戻るかと言われると微妙な印象が・・・。前作同様、これからの彼女たちの方向性はこれなんだな、とちょっと残念に思ったというのが正直な印象でした。もっとも、彼女たちにとってはそのスタイルは徐々に変わっていくでしょうし、いつまでもポストロック、シューゲイザーバンドとしての彼らを追い求めている私のような立場が、ある意味頭が固い考え方と言えるのかもしれませんが・・・。

評価:★★★★

また今回、結成10周年を記念して配信限定でのベスト盤がリリースされました。

Title:はじめてのきのこ帝国 U.K.PROJECT編
Musician:きのこ帝国

こちらがインディーズ時代の楽曲をまとめた10曲入りのベスト盤。

Title:はじめてのきのこ帝国 EMI編
Musician:きのこ帝国

ちょっとユニークなのが「EMI編」がメジャーデビューシングル「桜が咲く前に」からスタートし、リリース順に構成されているのに対して、「U.K.PROJECT編」は過去にさかのぼる形での収録となっている点。メジャーデビューの時点を起点として現在と過去にそれぞれ進んでいく形になっていました。

また配信限定の「プレイリスト」的なベストなのですが、「EMI編」にはシングル「桜が咲く前に」のカップリングでアルバム未収録の「Donut」が収録されている点はちょっとありがたい感じ。今回、この曲に関しては私ははじめて本作で聴きました。

今回、あらためて「U.K.PROJECT編」でインディーズ時代の曲を聴いたのですが、まさに楽曲を埋め尽くすギターノイズで幻想的にまとまった作風は「これだよ、これ!」と思ってしまいます。ただ一方でメロディーラインについてはポップである点を再認識し、そういう意味では「今」にもつながっているのかなぁ、ということを感じました。

一方で「EMI編」についてはこうやって10曲を選んで聴くと、意外とインディーズ時代の曲からつながっているようにも感じます。そういう意味ではそういう曲を選んだ、ということかもしれませんが・・・。

そんな訳できのこ帝国の入門としてはピッタリとも言える作品なのですが・・・ただ、メジャーデビュー後、大きく変わってしまった今からすると、これをきのこ帝国のスタートとすると、ある種の誤解を招きそうな印象も受けます。いまから彼女たちに興味を抱いた方は、まずは最新アルバムを聴いてみるのがよいかと。その上で過去にさかのぼった方が無難のような印象を受けました。

評価:どちらも★★★★★

きのこ帝国 過去の作品
渦になる
eureka
ロンググッドバイ
フェイクワールドワンダーランド
猫とアレルギー
愛のゆくえ

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