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2018年4月17日 (火)

奥深いボーカロイド音楽の世界へ

Title:合成音声ONGAKUの世界

昨年2017年はボーカロイドソフト初音ミクの販売10周年という記念すべき年でした。このボーカロイドという技術、個人的には非常に興味深く感じています。以前にも書いたのですが、このボーカロイドの音楽シーンに与える大きな影響としては音楽を作る際にボーカルが不要になるという点。コンピューターの普及により楽器に関しては演奏が出来なくてもパソコンソフトにより代替することが可能となりました。しかしボーカルに関しては本人が行うにしろ誰か知り合いに頼むにしろ、必ず人間を介する必要がありました。しかし、このボーカロイドの技術により、ボーカルすら不要となり、結果として音楽を作成する敷居がさらに低くなったのではないでしょうか。

そして結果としてこの10年、初音ミクをはじめとしたボーカロイド技術をつかった曲を発表したミュージシャンが数多く登場しました。その中でも特に話題となったアルバムではここでも何度か紹介させていただきました。ただ一方で、個人的には初音ミクをはじめとするいわゆるボカロ曲界隈に関しては疑問に感じた部分も少なくありませんでした。

それはいわゆるボカロ曲がどれをとってもサウンドは音数を詰め込み、歌詞も言葉を詰め込んだ、悪い意味で情報を詰め込んだような曲ばかりが登場してくるという点でした。サウンドに関してもせいぜい登場するのはオルタナ系ギターロックくらいで、たいていは平凡なJ-POP。ボーカロイドをつかって音楽は極めて自由なはずなのに、その結果登場する音楽はほとんどがいままで聴いたことあるようなポップスばかり。正直言って、初音ミクが登場してから10年たつのにお茶の間レベルにまでヒットを飛ばしたミュージシャンが米津玄師一人だけというのは、残念にも感じていました。

そんな中でリリースされた今回のコンピアルバム。まずユニークなのがリリース元が、主にソウルやブルース、あるいはルーツ志向のロックなどをリリースしており、本来、ボカロ系からほど遠いレコード会社であるはずのP-Vineから、という点。また、雑誌広告などの売り文句も「ボカロに偏見ある人はそのままでいいと思う この音楽の楽園に一生気づかなくていい」というかなりの煽り文なのも目を引きました。

しかし、確かにこのコンピに収録されていた曲は私がいままでボカロ曲に対して抱いていたイメージを大きく覆す内容になっていました。まず1曲目に登場するのが春野というミュージシャンの「nuit」という曲。ピアノやアコースティックなサウンドをベースとしたシンプルなトラックにミディアムテンポのボーカルの切ない雰囲気のポップチューン。比較的シンプルな楽曲構成はボカロ曲に抱いていたイメージとは大きく異なります。

羽生まゐごというミュージシャンの「阿吽のビーツ」も祭囃子のようなビートが非常にユニークなナンバー。こちらもトラックは比較的シンプルに音数を絞っています。ちょっと洒落たシティポップ調のcat nap「ペシュテ」も、スタイリッシュな雰囲気がボカロ曲のイメージと大きく異なります。Dixie Flatlineの「シュガーバイン」も軽快なポップがなかなか洒落ている楽曲。こちらはボーカロイドというよりも人の声にエフェクトをかけたような、どこか人間味あるボーカルに仕上げており、ボカロのボーカルも十分ポップソングのボーカルとして聴けるんだな、ということを再認識させられます。

また実験的という意味では耳を惹くのがでんの子Pの「World is NOT beautiful」。ハンマーやらドライヤーやら身の回りの「音」をボーカロイドの声にあわせて流して音楽にしてしまうという実験的なナンバー。この試み自体は実験音楽によくありがちな手法ながらも、ボーカロイドの声の無機質さと、身の回りの無機質な音がピッタリとマッチしており、合成音楽という特徴を上手く利用した楽曲になっています。

楽曲として強く印象に残ったのがラストのNoko「只今」。恋人の別れを「ただいま」とそれに続く言葉だけで上手く表現した切ないポエトリーリーディング的なナンバー。ボーカロイドの声が無機質なだけに、逆に様々なシチュエーションが想像でき、切なくも暖かい雰囲気のトラックもマッチして、非常に切なく心に響くナンバーに仕上がっています。

ほかの曲に関しても一般的にボカロ曲に抱くようなイメージとはちょっと異なる楽曲が収録されているこのコンピは、ボカロ曲を普段聴かないようなリスナー層に向けてボーカロイド音楽の世界の幅広さ、奥深さをアピールした内容になっていました。私もこのアルバムで実はヒットしているボカロ曲だけでは気づかないような音楽的な幅の広さ、奥の深さをはじめて味わうことが出来、ボーカロイド音楽のシーンにあらためて興味を抱いた、そんなアルバムになっていました。

ちなみにもうひとつこのコンピがユニークなのは初音ミクのようなキャラクターを一切表に出していない点でした。正直、ボカロシーンに対して私が抱いていた大きな疑問のひとつがそれ。初音ミクのようなアニメキャラにシーン全体があきらかに頼りすぎており、結果としてそんなアニメキャラに興味がない人にとっては非常に入り込みにくいシーンになってしまっていました。このアルバムはあえてそんなアニメキャラを排することにより、より幅広いリスナー層に意識的にアピールしようとするアルバムに仕上がっていました。

収録されている楽曲は決してボカロシーンにおいて「大ヒットした曲」ばかりではないようです。ただ、ヒットという切り口ではなく音楽的なクオリティーという切り口でボカロ曲を紹介している点でも、ほかのボカロコンピとは明らかに一線を画しています。こういう音楽面で批判的な視点でボカロ曲を紹介するような動きは非常に興味深く感じます。今後もこの流れに続いて「ヒットしていないけど音楽的に優れたボカロ曲」がもっと紹介されるとうれしいのですが。

評価:★★★★★

で、このコンピと同時に発売されたのがこのムック本。

「ボーカロイド音楽の世界2017」。初音ミク販売10周年を迎えた2017年のボーカロイド音楽シーンについて俯瞰的に紹介した一冊。シーンの現状やトピックを紹介した本で、音楽的な考察というよりもボカロシーン全体の現状に関する考察が主なトピックとなっています。

ただそんな中「The Essential Songs of 2017」「The Essential Albums of 2017」は「合成音声ONGAKUの世界」と同様、批評的な観点からボカロ曲を紹介しています。ボーカロイドシーンはなぜかロケノン界隈もミューマガ界隈も完全に無視されており、批評的な視点から紹介されることがほとんどありません。そんな中、こういったムック本で音楽的観点からボカロ曲を紹介する動きはとても興味深く感じます。特に紹介されたボカロ曲は動画サイトで容易に視聴できるだけに、この本に紹介された曲は次々と聴いてみたくなりました。

今後もこのコンピ盤やムック本のように、もっとボカロ曲をめぐる音楽的な批評がもっと増えればいいんですけどね。そういう批評が増えることによりボカロ曲全体の質も上がり、結果、幅広いリスナー層を惹きこむことが出来ると思うのですが・・・。コンピ盤を聴きムック本を読んで、ボカロの世界により興味が持てました。とりあえずムック本で紹介されていたボカロ曲をいろいろと聴いてみなくちゃ。


ほかに聴いたアルバム

ALIVE! in Osaka/少年ナイフ

昨年12月22日に行われた大阪・十三ファンダンゴでのステージをそのまま収録した彼女たち12年ぶりとなるライブアルバム。ベスト盤的な選曲となっていて、彼女たちらしい「ゆるさ」と「ストイックさ」が同居したライブが魅力的。良くも悪くも安定感あるステージですが、その空気感はしっかりとパッケージされたアルバムに仕上がっていました。

評価:★★★★

少年ナイフ 過去の作品
スーパーグループ
フリータイム
大阪ラモーンズ
Pop Tune
アドベンチャーでぶっとばせ!

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コメント

初めまして。「ボーカロイド音楽の世界2017」で一部選曲、レビュー等を担当させていただきましたキュウ(ツイッター:@rooftopstar9)と申します。
実は「ゆういちの音楽研究所」本館の頃から、恐らく10年以上前から何を聴くかということに関して度々参考にさせていただいております。
一方的ではありますが、長くお世話になっている方に自分が関わった本を手に取って頂いて、大変嬉しく思います。
「合成音声ONGAKUの世界」に関しては私は直接関与はしていませんが、音楽マニアが気に入るかどうか、という観点では非常に精度の高い選曲がされていると感じてますので(それでも数多の素晴らしい楽曲を網羅することはできませんが)、高評価を頂いたことにもほっとした心境です。
もしボーカロイド音楽を発掘していくようなお手隙がありましたら、「ボーカロイド音楽の世界2017」の監修をされたしまさんがnoteにてボーカロイド曲を探す方法について書かれてますので、参考にしていただければと思います(https://note.mu/shima_10shi/m/m8cf5d10e3ea9)。

投稿: キュウ | 2018年5月 5日 (土) 02時10分

>キュウさん
はじめまして。なんと、この本に参加された方からの書き込み、とてもうれしいです&恐縮してしまいます。そして以前から当サイトをご参考にしていただいていたとは・・・非常にうれしいです!「合成音声ONGAKUの世界」、非常に素晴らしい選曲で、ボカロ曲に対するある種の偏見が一気に消える内容だったと思います。
実はその後、キュウさんも選曲で参加している「The 50 Essential Songs of 2017」のコーナーで紹介されている曲を、暇があればポチポチ動画サイトで少しずつ聴き進めています。こんな曲があったんだ!と思うような名曲も多く、まだまだボカロシーンは奥が深そうですね!
しまさんのnoteのページもご紹介ありがとうございます。チラッとのぞいてみましたが参考になりそうです。これを機に、私もいろいろとボカロシーンで埋もれている素晴らしい曲を探してみたいです!

投稿: ゆういち | 2018年5月12日 (土) 23時09分

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