日本語ラップに対する愛情あふれる一冊
もともとは同人誌として発行されており、その頃から気にはなっていたのですが同人誌に書き下ろしも加えて商業誌として発売された日本語ラップのガイド本を購入してきました。
70年代の少女漫画風という今となってはちょっと珍しい画風で「ジャンプスクエア」などで連載を持っていた漫画家、服部昇大氏による「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」。このタイトルだけでアラフォー世代以上にはピンと来るかもしれませんが、70年代から90年代まで少女漫画などの裏表紙によく見かけたがくぶん総合教育センターのボールペン習字通信講座の宣伝漫画「日ペンの美子ちゃん」のパロディー漫画。懐かしの少女漫画風な画風はもちろんのこと、9コマ漫画で話の流れ関係なくむりやりボールペン字講座ならぬ日本語ラップを薦めてくる流れは本家同様。「美子ちゃん」の漫画の下についていた「体験者の声」のコーナーまでパロディーとして再現されており、アラフォー世代以上にはある種の懐かしさすら感じる漫画になっています。
ちなみに作者の服部昇大氏はそのパロディー漫画の出来の良さから、なんと本家「日ペンの美子ちゃん」の6代目作者として採用されるという驚きの展開に。以前のような雑誌への広告ではなくWebサイト上での展開がメインのようですが、こちらも時事ネタを含みつつ、かなり尖ったユニークな漫画を展開しています。
さてこの漫画は「美子ちゃん」ならぬ「美ー子ちゃん」が日本語ラップとは何かを紹介したり、日本語ラップに対する偏見に対して反論を展開したりしつつ、日本語ラップの名盤(珍盤)を紹介するギャグ漫画になっています。
まず本作を読んでまず感じるのは、作者の日本語ラップに対する惜しみない愛情。とにかくいろいろなシチュエーションに対してお勧めする日本語ラップのアルバムが列挙されており、そこからはとにかくいろんなタイプの人に日本語ラップを聴いてほしいという情熱が感じられます。最新のラップ事情もしっかりフォローされており、個人的にもかなり勉強になりました。また「ラップリスナーは基本的にめんどくさい」と言いつつも、お勧めしているアルバムはかなりポップス寄りも含めて幅は広い感じ。SEAMOとかDOBERMAN INFINITYとかも「アリ」なんだ・・・(いや、個人的にSEAMOは好きなんですが)。あと水曜日のカンパネラも紹介されていますが、あまり「ラップ」という括りでは聴いていなかったので、ここで紹介されていたのはちょっと意外でした。
また本作では様々なタイプの日本語ラップを紹介しています。以前から今の日本において(というか世界規模でも)ラップあるいはHIP HOPというジャンルは最も勢いがあり、自由度の高いジャンルであると思っていたのですが、本作を読んでその個人的な認識が裏付けられました。ここでも紹介したことのある「メシ物ラップ」のDJみそしるとMCごはんやら、吉田沙保里だけをテーマに作られたMC松島の「She's a hero」なんてアルバムもあったりと、この幅広さ、ジャンルの許容量の大きさが日本語ラップの大きな魅力でしょう。
特に今回はじめて知ったのがGOMESSという自閉症のラッパー。自らの障害を武器にしているのも素晴らしいですし、こういうラッパーが登場してくるという日本語ラップの幅の広さに驚かされます。本書の表紙に「ラップが今 日本でもっともまともな音楽よ」というよくよく考えればかなり挑発的なセリフが登場してくるのですが、確かにこういう様々なタイプのラッパーが登場してきて自由に自らを表現できるシーンというのは、今、日本語ラップくらいではないでしょうか。それだけに「まともな音楽」という表現は間違いない事実だと思います。
思えばいままでは今の日本語ラップの位置にいたのがロックだったのでしょう。ただここ最近のロックは正直なところ、おもしろいと思えるミュージシャンが少なくなってしまいました。出てくるバンドの多くがいわゆるフェス受けを狙うだけのパンク風ポップバンドがメイン。雑誌のインタビュー記事などを読んでもインタビュアーとなれ合ったような「おしゃべり」ばかり。一方、ラップ系のミュージシャンは見た目が不良っぽくでもインタビュー記事などを読むと、自分たちがやっている音楽に対して非常に意識的に、真摯に取り組んでいることがわかるような記事が多く、読み応えあるインタビュー記事がほとんど。漫画の中で日本語ラップに対する偏見として「ラッパー=DQNという指摘」をあげています。確かに見た目不良っぽいラッパーが多いのは事実ですが、音楽に対する姿勢という意味ではむしろロック系よりも「真面目」な人が多いように感じます。
本書では日本語ラップの魅力を主にパンチラインの側面から語ったものが多く、トラックの魅力について言及した記事が少ないのはちょっと残念なのですが、日本語ラップの魅力をこれでもかと感じられる漫画になっていました。漫画という読みやすさを含めて日本語ラップについて知りたい、何から聴けばよいかわからないという方には最適な一冊。作者の日本語ラップに対する愛情が最初から最後までこれでもかというほどあふれだしている一冊でした。
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