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2017年6月10日 (土)

ラップが映す「今」

今回は最近読んだ音楽関係の本の紹介。以前、ここでも紹介した「文科系のためのヒップホップ入門」の著者として知られる大和田俊之、音楽評論家磯部涼、そして批評家としての活動のほか、ラッパーとしても活動している吉田雅史の3名による共著「ラップは何を映しているのか-『日本語ラップ』から『トランプ後の世界』まで」。もともとラップミュージックというのは社会性を大きく反映したリリックの作品が多く、アメリカのラップは和訳がついていても何を語りたいのか、その背景を詳しく知らないと理解しがたい曲が少なくありません。そんな中でタイトル通り、ラップという音楽が何を語っているのか、また何を語ってきたのかを取り上げた同書は、そのテーマ性からして非常に興味深く、今回、手にとってみました。

本は全部で3部構成、3人による鼎談の形をとった構成となっています。第一章は「ラップはいまを映しているか」という表題でブラック・ライブズ・マター(BLM)(2012年にフロリダで黒人男性のトレイヴォン・マーティンが射殺され翌年容疑者が無罪になった事件に端を発し、全米に拡大した社会運動)やトランプ大統領の当選劇などといった現在の社会問題に対してラッパーたちがどのようなスタンスをとってきたか、ということを語っています。

全3章の中でダントツでおもしろかったのがこの第一章。日本にいると情報としては入ってきているものの、概括的にはなかなか捉えずらいアメリカのHIP HOPシーンが語られており、興味深いものがありました。特に、日本ではともすれば黒人層が一枚岩のように感じてしまうのですが、BLMでも大統領選でもラッパーによってスタンスに差が生じており、そんなに単純な話ではないということは興味深く感じました。またおもしろかったのが、以前、フジロックにSEALDsのメンバーが参加することになった際、「音楽に政治を持ち込むな」という言説が起こりましたが、アメリカでも同様に、音楽へ政治を持ち込むことが最近では嫌がられる傾向にあることは興味深く感じました。トランプ大統領選挙でも昨今の日本でもそうですが、極端に右か左かの言説が目立ち、自分とは意見を異なる層に対する必要以上のバッシングが目立つ中、自分とは異なる意見は聴きたくない、と感じる人が増えているのでしょうか。

そして第二章は「USラップが映してきたもの」、第三章は「日本にラップが根づくまで」と題してそれぞれアメリカと日本のラップミュージック史を概括的に語っています。ただ正直言うとこの2章についてはちょっとわかりづらく感じました。ラップミュージックに詳しい3人による鼎談だからでしょうか、全体的に大前提となる基本的な情報が割愛されており、ラップミュージック史の中でのいくつかのテーマを抽出して語っている形式のため、ある程度ラップミュージックの歴史に詳しくないと、ちょっとわかりにくさを感じるかもしれません。

また全体的に3人それぞれが自らの史観を主張するというよりはシーンをザッと紹介するような形式のため若干議論が上滑りしちゃっているようにも感じました。ラップミュージックの現状としては理解できても、その現状がどのような意味を持つのか、またどのようなスタンスをとるのが望ましいラップミュージックの姿なのか、いまひとつわかりにくかったように感じます。

あとちょっと気になる部分がありました。それはp178からp180でRhymesterの最近の曲に対する批判。「The Choice Is Yours」を「民主主義というシステムの歌としか聴こえない」と批判していたり、メッセージにはっきりとしたスタンスをのせていないという点で「悪い意味で価値相対主義」と語って、「アフター・トランプの世界で再生すると、なおさらぬるい曲」と批判しています。ただ、トランプ大統領後の話でいえば、上にも書きましたが左右どちらも極端な言説と反対派に対する過激なバッシングが目立ち、それがまったく効果をあげていないという現実があります。そういう中でTwitterでもよく見かける、左右どちらかのスタンスを支持することを強制し、それを避ける人をバッシングする傾向(正直、これはどちらかというと左側に多いように感じます)をこの意見から感じ、うんざりしてしまいました。

また、ここのページでもRhymesterの「The Choice Is Yours」を「Choise Is Yours」と書いたり、p199で歌謡ラップとして批判しているGReeeeNを「GreeN」と書いたり、ここらへんの固有名詞に対する雑な扱いに関してもマイナスポイント。これは著者本人たちではなく、出版社の毎日新聞出版の失態かもしれませんが・・・。

第二章、第三章についてもおもしろく興味深い指摘がたくさんあり、紹介されるラップに関しては聴いてみたいと思わせる曲も多かったのですが、一方で気の合った3人による鼎談というスタイルからなのか、若干内輪的な部分を感じてしまう部分も否定できませんでした。これに関してはちょっと残念な感じがします。そういう意味では非常に惜しさを感じる1冊でした。ただ第一章については今のシーンを概括的に手っ取り早く知るにはとてもよくまとまっていると思います。この第一章だけでも読む価値ありの1冊でした。

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