保守本流
Title:新日本人
Musician:K DUB SHINE
K DUB SHINEといえば以前から靖国神社へ積極的に参拝するなど保守的な思想が強いラッパーとして知られていました。音楽業界をはじめ芸術方面は比較的リベラル系の色合いが(日本に限らず)強いのですが、「本音」的な部分はともかく表面だって保守的な思想信条を押し出すというのは珍しい印象を受けます。
そんなK DUB SHINEのニューアルバム、テーマは日本人論。保守革新という思想信条にストレートに関わるテーマをあえて選択しています。そのため今回のアルバムに関しては彼の保守的な価値観が歌詞に非常に強く反映された内容となっています。
保守と革新の大きな違いは歴史に対するスタンスの違いと思っています。革新は唯物史観が典型的なように過去から未来にかけて人類は発展していくというスタンスによる歴史観が多くみられます。一方保守はその逆。過去は素晴らしく現在は堕落している、だから過去に戻るべきだ、という考え方をとっています。
今回のK DUB SHINEの歌詞はまさにそんな保守的な歴史観が非常に強く感じられます。その典型例なのが「文明退化」と「日本沈没」。前者は江戸時代の日本人を賛美して、それに対して今は・・・という歌詞の内容。一方で後者は敗戦して復興した日本人を賛美し、それに対して今は、という内容。どちらも共通するのは過去の賛美とそれに対する現在社会への批判。ある意味典型的な保守的な視点からの社会批判と言えるでしょう。
ただ個人的に彼のスタンスで感心するのは基本的に保守に立脚しつつも一方ではスタンスの左右問わずよくありがちなポジショントークを彼が取っていないという点です。例えば「沈まぬ太陽」では原発に対する強烈な批判を投げかけていますし、「星の砂」では沖縄の米軍基地問題に対しても批判的なスタンスを取っています。日本において右左関係なく原発問題や米軍基地問題など、その賛否が必ず思想的なスタンスとリンクしていない問題でも例えば左ならば原発は反対、右だから賛成といった単純なポジショントークを取る人があまりにも多すぎます。そんな中、単純にポジショントークを取らない彼には非常に信頼できるものがあります。
特にアメリカに対してのアンチというスタンスはこのアルバムでも強く感じます。ただ当然そうすると誰もが思うのが、でもあなたがやっているHIP HOPは典型的なアメリカ文化じゃん、という疑問。これの疑問に関しては彼も感じているようで「My Dear…」ではアメリカに対する複雑な心境を語っており、こういうスタンスも誠実さを感じることが出来ます。
また今回のアルバムの中でも特筆すべきは「物騒な発想(まだ斬る)」。発表直後、一部で大きな話題となったこの曲は、思想的には彼とは逆、リベラル寄りなスタンスを公表しているRhymesterの宇多丸とのコラボ。内容は強烈なネット右翼批判となっており、特にヘイトスピーチと呼ばれるネット右翼の差別的な言動を強く批判する内容になっています。このネット右翼に強く蔓延している(在日)韓国人に対する差別問題というのは日本の恥だと思いますし、保守革新問わず強く批判すべき事象だと思っていますが、保守系言論人でこの問題を強く批判している人はあまり多くありません。そんな中で思想的なスタンスを乗り越えてこの問題を批判しているこの曲は広く聴かれるべき傑作だと思っています。
個人的な思想信条はリベラル寄りなので彼の主張に関しては必ずしも賛同できない部分が多々あります。ただ、保守としてその考え方に一本筋が通っており、ポジショントークも取らず、差別など本来は左右問わず批判すべき社会問題にもきちんと声をあげている彼の今回の作品にはその賛否とは関係なく非常に感心するものがありましたし、なによりも人間的に信頼できると感じることが出来ました。ただ一方で昔に戻れ的なスタンスの保守の考え方の問題点に残念ながらはまってしまっていた部分も多くありました。
その問題点とは保守が戻れといっている理想的な過去というのは往々にして頭の中だけで作り上げたノンフィクションという点。例えば「文明退化」についてもかなり江戸時代を美化しているのですが、事実に基づかないような歌詞が多く見受けられます。例えば「もめごとがあっても一杯やって和解して秩序を保っていた」という記述があるのですが、完全に論拠不明。てーか、江戸時代にもめ事なんていくらでもあったし・・・(だからこそ「仇討ち」みたいなものが出てくるんでしょうが)。「鎖国をやっていても上手くやっていた」という描写があるのですが、そもそも今の歴史学の主流として江戸時代=鎖国という考え方は一般的ではなくなっています。
そういう問題点も含めてまさに保守本流と言える今回のK DUB SHINEのアルバム。サウンド的にもリリック的にも彼の主張が前に出すぎてしまっていて、このアルバムでの新たな挑戦みたいなものはなく、良くも悪くも無難にまとめてしまっているのですが、非常に聴きごたえのある1枚でした。
評価:★★★★
ほかに聴いたアルバム
Noah's Ark/ぼくのりりっくのぼうよみ
動画サイトへの投稿から話題となりメジャーデビュー。デビュー時は現役高校生ラッパーとして話題となったぼくりりことぼくのりりっくのぼうよみの2枚目となるアルバム。ピアノやストリングスを多用したタイトなトラックがカッコいい作品。ラップというよりはラップ的な歌唱法も取り入れた歌モノといったイメージが強いポップな作品に。ボーカルは巻き舌を多用した歌い方ですが、このため歌詞がちょっと聴き取りにくいのが残念。もうちょっと素直な歌い方でもいいと思うのですが。
評価:★★★★
ぼくのりりっくのぼうよみ 過去の作品
hollow world
Parrot's paranoia
嘘と煩悩/KREVA
途中ベスト盤のリリースはあったもののオリジナルとしてはちょっと久しぶりとなる4年ぶりの新作。ハイトーンのリズムが目立つエレクトロなサウンドを主体としつつ、しっかりとしたメロディーラインが流れる楽曲が多く、ポップという色彩の強いアルバムになっています。ただもちろん彼のラップもしっかりと強いインパクトを持っており、HIP HOPと「ポップ」のバランス感覚がほどよく保っているのもさすが。ベテランらしい、いい意味で安定感ある作品に仕上がっていました。
評価:★★★★★
KREVA 過去の作品
心臓
OASYS
GO
BEST OF MIXCD NO.2
SPACE
SPACE TOUR
KX
| 固定リンク
「アルバムレビュー(邦楽)2017年」カテゴリの記事
- 20周年イヤーの最後を締めるアルバム(2017.12.26)
- 5曲中3曲がタイアップ(2017.12.25)
- チャメ~!(2017.12.23)
- 4枚組豪華オールタイムベスト(2017.12.17)
- 赤裸々な本音を強烈なガレージサウンドで(2017.12.16)
コメント