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2017年4月11日 (火)

なんでもない日常にマッチした暖かい音楽たち(映画の感想も)

Title:劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック
Musician:コトリンゴ

2016年は映画界、特に邦画において話題作の多い1年でした。まずは話題になったのが「シン・ゴジラ」に「君の名は。」。どちらも大ヒットを記録し、大いに話題となりました。そしてそれらの映画に増して大きな話題となったのがアニメ映画「この世界の片隅に」。大手映画配給会社によって配給され大々的な宣伝も行われた「シン・ゴジラ」「君の名は。」に対して「この世界の片隅に」はいわゆるミニ・シアター系の映画。しかし口コミから徐々に話題が広がり、様々な著名人も大絶賛。いまだに上映が続いており、ミニシアター系としては異例ともいえる大ヒットを記録しています。

実は私が、ここ最近で音楽系映画以外で唯一見た映画が本作。そして例にたがわず映画に感動し大泣きしてしまいました(^^;;そしてその感動の余波を味わおうと、遅ればせながら聴いてみたのがこのサントラ盤。音楽を担当しているのはコトリンゴ。KIRINJIの一員としても活躍している女性シンガーソングライターです。

全33曲入りのサントラで、そのうち4曲が歌入り。まずこのコトリンゴのボーカルが実に「この世界の片隅に」が描く世界にマッチしています。彼女のボーカルはほわっとした優しい雰囲気を持っており、力が抜けたボーカルが魅力的。ある意味「天然」ともいえるかもしれません。しかし一方でその根っこの部分には決して折れないような力強さも同時に感じます。この一見天然だけどその奥には芯の強さを感じるという女性像は、この映画の主人公のすずさんにも通じるところがあるのではないでしょうか。もともと同作の監督、片渕須直の手掛けた前作「マイマイ新子と千年の魔法」の主題歌を彼女が手掛けた縁で抜擢されたようですが、偶然にもこの映画にとって非常に最適な人選になっていたと思います。

このアルバムに収録されている歌モノ4曲はいずれも強い印象に残る作品ばかり。「悲しさ」と「やさしさ」を同時に内包した「悲しくてやりきれない」やすずのテーマ曲ともいえる歌詞が印象的な「みぎてのうた」。戦時歌謡の代表的な楽曲でもある「隣組」(「ドリフの大爆笑」のテーマとしてもおなじみですね)も戦時色を感じない軽快なカバーになっていますし、エンディングテーマ「たんぽぽ」も次へと進む明るさを感じさせるポップスをコトリンゴが優しく歌い上げています。

歌入りの4曲以外に関しては劇中に使われたBGMが収録されています。「この世界の片隅に」は戦時中を描いた映画ながら戦争そのものよりも戦時下を生きる人々の日常生活に焦点をあてた作品となっています。そのためか収録曲に関しても戦争映画のような悲劇性を感じさせるような悲しい曲はあまりありません。こちらの曲に関してもほっこりとした雰囲気の力の抜けた楽曲が多く収録されています。ピアノやストリングスをメインとしたいかにも映画音楽的な楽曲が多いのですが、ちょっとコミカルさも感じる楽曲の数々は、映画の中の様々なシーンを思い起こさせてくれます。

歌入りの4曲については文句なしでお勧めですし、他の曲に関しても映画の世界を上手く表現させた曲ばかりでコトリンゴの実力を感じます。ただ、1曲あたり1分に満たないような曲がメインのサントラ集なので映画を見ていない方にはそのままお勧めできる作品ではないかも。一方で映画ではまった方なら音楽の側面から映画の世界を再度楽しむにはうってつけのサントラだと思います。映画音楽も実に魅力的な作品でした。

評価:★★★★

(以下、当サイトは音楽レビューサイトですが、せっかく見た映画のため映画の感想も書いてみました。サイトの趣旨と関係ないのと、決定的なネタバレはないのですが、若干のネタバレを含むので別ページに。単なる一鑑賞者の感想の駄文ですが、ご興味あるかたは下のリンクをクリックしてください)

まず映画を見終わった後の感想を一言で言わせてください。

騙された!!戦時下の生活を描いており戦争の悲劇性を強く描いた映画じゃないって言っていたじゃん!

・・・・・・「声高に戦争反対を叫んでいる映画じゃない」と一部で言っている方がいますが、それを真に受けて本作を見ると結構ショックを受けるかもしれません。本作は決して戦争の悲惨さを描いていない映画では決してありません。

この映画がよくいままでの戦争映画と異なっているといわれる理由としては戦時下での一般庶民の暮らしをしっかりとした時代考証の上、淡々と描いている点だと思います。この登場人物たちの生活は今の私たちと大きくは異なりません。同じような笑って、泣いて、遊んで楽しんで恋もして。厳しい時代の中でもふとした幸せを見つけて生活しています。

いままで、戦時下の暮らしを描いた映画はともすれば今の私たちとの違いを強調することによって戦争の悲劇性を描いた作品が目立ちました。しかしこの映画は逆。戦時下で生き抜いた人たちも今の私たちとあまり変わらないということを強調しています。そしてそんな「平凡な日常」を時代考証をきちんと反映させたうえで描いているためストレートな反戦メッセージは確かにあまり描かれていません。

しかし私は、むしろこの映画から強い反戦のメッセージを感じました。今の私たちと変わらない人たちにも否応なしに覆いかぶさってくる悲惨な戦争の現実。その日常との対比が強烈だからこそ、むしろ戦争の悲劇性がより強調されているように感じました。だから私はこの映画に対して「声高に戦争反対を叫んでいる映画ではない」と語っている人はちょっと厳しい言い方をしてしまえば一体何を見たんだ?とすら感じてしまいます。

また本作は戦争に対する感情論的な部分は抑えめにして、その当時の状況を出来る限り正確に描こうとしています。そのため映画の中では年末商戦としてサンタクロースの衣装を着た人が登場したり、「敵性音楽」としてジャズを聴いている人が登場していたり、戦後の自由な社会の「アイコン」として用いられている道具が、実は戦争前から親しまれていた姿が何気なく登場したりもしています。

こういう手法を「新しい」と捉える向きも一部であるようですが、ただむしろ太平洋戦争に対する語られ方として感情的にならずに事実をきちんと分析していこうという方向性は本作に限らずここ最近の流れのようにも感じられます。例えば数年前、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」という太平洋戦争を分析した歴史本が話題を呼びました。同書は決して右寄りの立場から描かれた本ではないのですが、以前にように感情的に日本の戦争責任を追及するのではなく、日本がなぜ戦争という道へ進んでしまったのかということを事実に即して淡々と分析しています。太平洋戦争の語られ方としてこのような方向性は増えているように感じます。

それはおそらく、戦争を直接経験した人が少なくなってきたというのが大きな理由のように感じます。これはここ最近の懸念事項のように語られることも少なくありませんが、経験談というのはともすれば主観的になり感情的になりがち。むしろ戦争を知らないからこそ当時の資料を丹念に紐解いて主観的にならない事実を紡ごうとする傾向が強くなっているのではないでしょうか。そういう意味では戦争を直接経験した人が少なくなってきたという事実は、実は決して悲観的に語られる話ではないと思います。

さらに本作の特徴として劇中に様々な情報を入れつつ、それに関する説明がほとんどなされないという特徴もあります。説明過多になりがちな最近の邦画では珍しいケース。だらかこそネット上では本作を語ろうとする人が多いのでしょう。ただ逆に説明をほとんどしないからこそ、演出の意図がわからず誤解してしまう人も少なくないというのがこの映画の唯一の欠点のようにも感じます。

そんなこんなでいろいろと語りたくなる映画。まだいろいろな場所で上演しているようですので、今のうちに見ておくことを強く勧めたい作品です。間違いなく日本における戦争映画の新たなるスタンダードです。

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コメント

「この世界の片隅に」見たいと思っているのですがなかなか見に行けず。しかしコトリンゴが音楽担当してるとは知りませんでした。ますます見に行きたくなりました。まだやってるかなあ。

投稿: Toshi | 2017年4月12日 (水) 00時38分

言及されてる『君の名は。』や『シン・ゴジラ』もそうなんですが、ドラマに沿った音作りなのに、単体で聴いても、楽しかったり、切なくなる音楽を使った映画が、大ヒットしてるって、なんか良いなと思いました

投稿: yono | 2017年4月12日 (水) 21時42分

>Toshiさん
一時期に比べて少なくなってしまいましたが、まだ結構な数の映画館で上映されているみたいです。是非、いまのうちに!

>yonoさん
「シン・ゴジラ」の方の音楽は聴いていないのですが・・・「君の名は。」の音楽も話題になりましたね。いい映画というのは大抵音楽も素晴らしいことが多いですね。

投稿: ゆういち | 2017年4月13日 (木) 00時34分

ゆういちさん、こんばんは。

この世界の~は、僕の周りが大絶賛してたので「ホントに?」と少し穿った目で見に行ったんですが…マジで傑作でした。

確かに声高にプラカードを掲げてシュプレヒコールを上げるようなわかりやすい感じではないので、そういう意味では『声高に~』という感想は間違いではないとは思います。

でも何よりも個人的に、(こういっては失礼かもですが)こういう“派手さのない傑作”がヒットしてくれたのが凄く嬉しかったです。(音楽もそういう作品がヒットしてくれるといいんですけどね)

投稿: 通りすがりの読者 | 2017年4月13日 (木) 00時39分

「この世界の片隅に」調べてみたら名古屋市内ではセンチューリーシネマが28日までのようでしかも1日1回の上映。ほんとにもう期間がないので行けるかなあ。

とここまで書いたところで29日から伏見ミリオン座上映予定が。絶対に行ってやる(笑)

投稿: Toshi | 2017年4月13日 (木) 01時31分

>通りすがりの読者さん
本当にこれは傑作でした。口コミから徐々に売れていったのもうれしいですよね。大々的に広告をうつのではなく、こういうちょっと地味だけど良質な作品がもっともっと音楽も映画も売れてほしいですね。

>Toshiさん
なにげにまだまだロングラン上演が続いているみたいですね。Toshiさんもお早目に是非!

投稿: ゆういち | 2017年4月13日 (木) 23時57分

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