戦前の「インチキ」歌劇文化
まず今回は書籍の紹介から。
ここでも何度か取り上げた戦前のSP盤復刻を専門とするレーベル「ぐらもくらぶ」。今回紹介するのはその「ぐらもくらぶ」の音源と連動する形で発売されている書籍「ぐらもくらぶシリーズ」の最新刊「あゝ浅草オペラ 写真でたどる魅惑の『インチキ』歌劇」です。著者は小針侑起氏。若干29歳の若さながらも浅草オペラ研究の第一人者としてNHKや宝塚歌劇の時代考証も担当している新進気鋭の研究家だそうです。
本書で取り上げられている「浅草オペラ」とは大正時代に浅草を中心に熱狂的な支持を集めた和製オペレッタのムーブメントのことだそうです。「浅草オペラ」といってもオペラからは程遠く、副題として愛情込めてつけられた「インチキ」という肩書さながら、西洋文化を情報量が少ないながらも国内で懸命に模倣しつつも、大衆に受けいられれるように変容した独特の、良くも悪くも「泥臭い」、芸能文化が花開いた模様が描かれています。
「浅草オペラ」は「オペラ」と「ジゴロ」(あるいは「ごろつき」)の造語として誕生した、熱烈なファンを差す言葉としての「ペラゴロ」なる言葉まで生み出されるほどの人気を集めたものの、大正12年の関東大震災で浅草が事実上崩壊したことによりそのブームは終焉を迎えてしまいます。当時はある種の「際物」扱いされていたため語られる機会も少なかったようですが、今の芸能界にも確実にその影響を残している文化だそうです。
本作はそんな「浅草オペラ」を当時の写真をふんだんに用いて紹介した一冊。正統派な歴史本の中ではあまり語られることのないような大衆文化を、ある意味「裏」の部分まで赤裸々に紹介しており、その当時の庶民文化をあるがまま知れて非常に興味深いものがあります。戦争や思想統制、女性蔑視や芸能に対する賤視思想といった暗い影がありつつも西洋文化に対する積極的な取り込みや演劇に対する情熱、また「演劇」とは直接関係ないかもしれませんが、意外と自由な恋愛模様とそれに伴うスキャンダルなども描かれており当時の人々のたくましさ、明るさなども感じることが出来ました。
なにより写真を多用しているため当時の雰囲気も(白黒なのでわかりにくい部分がありつつも)感じされる部分が本書の大きなポイント。男性の立場としては、女優さんが、今の視点からしても意外とモダンでかわいらしいのが印象的でした(笑)。
また著者は「平成のペラゴロ」を名乗るほど熱狂的な浅草オペラのファンながらも、本書に関しては当時の情報を数多く収集し批判的に検討を加え非常に丁寧に浅草オペラ史を紡いでいっています。変な主観が混じることもなく、客観的な視点を保った冷静な論評も印象的。ネット社会で情報があふれかえっている時代に慣れた世代だからこその情報分析能力の高さを感じることも出来ました。
構成としては浅草オペラの概略を1章で紹介した後、2章以降で浅草オペラに絡む出来事の紹介を綴っています。登場する人物や当時の歌劇団の名前が複雑に入り組んでいて、正直ちょっとわかりにくい部分があったのは事実。もっともこれは著者の力量というよりは、それだけ当時の浅草オペラや歌劇界に様々な団体が乱立し、それらがくっついたり離れたり、紆余曲折があったためだと思われます。
個人的には「音楽史」的なイメージで本書を読みだしたのですが、正直、内容的には音楽の描写は少な目で「演劇史」的な位置づけの強い本でした。とはいえ当時の大衆文化を知ることが出来、最後まで興味深く読むことが出来ました。
Title:和製オペレッタの黎明 浅草オペラからお伽歌劇まで
で、こちらはそんな「浅草オペラ」の音源を紹介したぐらもくらぶの企画盤。まあこの企画盤に付随する形で発売されたのが上記の書籍なのですが・・・。当時の和製オペレッタや浅草オペラでも積極的に取り上げられたという、当時のおとぎ話を歌劇にした「お伽歌劇」が収録されています。
歌劇については洋楽風のフレーズと、浪曲、浪花節など和風のフレーズがチャンポンになっており、「慣れ親しんだお伽話をオペレッタにする」というスタイルも含め、当時、どのようにして洋楽が受容されていったかが良くわかります。
また庶民の様子をコミカルに描いた脚本からは当時の庶民の文化がよく伝わってきます。例えば親子の浅草での1日を描いた「浅草遊覧」では当時の娯楽の模様がよくわかりますし、「茶目子の一年 クリスマスの巻」などでは、当時から既にクリスマスにサンタクロースという風習が根付いていたのがちょっと驚かされます。ここらへん、「歴史」の観点からも非常に興味深く聴くことが出来ます。
他にも「ボンボン大将」などは軍隊をユーモラスにおちょくっており、時代ながらではながら一般大衆の軍隊へのちょっとシニカルな視点も感じることが出来ます。さらに「天保より大正」などは江戸時代の人がいきなり大正時代にあらわれて文明に戸惑わされる「タイムスリップ」物。この手のネタは藤子不二雄の漫画あたりにもよく登場してくるネタですが、この時代からそういうアイディアがあったのはちょっとビックリ。もっとも、今の時代なら「でも近代化されて遠い昔の私たちが持っていた大切なものを忘れてしまったね」的な現代文明への批判的なネタも織り込みそうなものですが、この曲では無邪気に文明開化を賞賛して終わっています。
今から聴くと正直、いろいろな面で拙さを感じる部分もあるのですが、それを差し引いても当時の文化を興味深く垣間見れることが出来て、非常に楽しめた作品でした。戦前の大衆文化に興味がある方、なにより日本史が好きな方にも上の書籍を含めてお勧めした内容。どちらもお腹いっぱいに満足行く作品でした。
評価:★★★★★
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 60年代ソウルの入門書として最適な1冊(2024.12.21)
- ブルースへの愛情を感じさせるコラム(2024.12.06)
- 一世を風靡したプロデューサー(2024.10.26)
- 今のR&Bを俯瞰的に理解できる1冊(2024.10.21)
- 偉大なるドラマーへ捧げる評伝(2024.10.18)
「アルバムレビュー(邦楽)2016年」カテゴリの記事
- ファンによる選曲がユニーク(2016.12.27)
- パンクなジャケット写真だけども(2016.12.24)
- バンドの一体感がさらに深化(2016.12.23)
- 初のフルアルバムがいきなりのヒット(2016.12.20)
- 10年の区切りのセルフカバー(2016.12.17)
コメント