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2016年5月30日 (月)

戦前歌謡の魅力が伝わる

Title:帰ってきた街のSOS! 二村定一コレクション1926-1934
Musician:二村定一

以前から当サイトでも何作か紹介している戦前のSP盤復刻専門レーベルぐらもくらぶ。毎回興味深い企画を連発しており、個人的にも多くのアルバムを購入しているのですが、今回の企画はある意味「待ちに待った企画」でした。戦前、数多くのヒット曲を歌い、一時代を築いた歌手、二村定一。以前、当サイトでも紹介した彼のベスト盤「私の青空~二村定一ジャズ・ソングス」を聴いてすっかり気に入ってしまいました。ぐらもくらぶからは以前、その「私の青空」のアナザーベスト的な、彼が録音したマイナーレーベルからの楽曲をまとめた企画盤「街のSOS!」というアルバムをリリースしていたのですが、気が付いた時には品切れ状態。その後、増産を待っていたのですが、残念ながら増産されることはありませんでした。

しかし、その「街のSOS!」が内容を再編集。さらに曲を増やし2枚組のアルバムとして再リリースされました。タイトルは「帰ってきた街のSOS!」。まさに待ちに待った企画でもちろん即購入。それだけに非常に楽しみにしていた企画盤だったのですが、その内容に個人的にも大満足な内容となっていました。

今回の2枚組の内容はDisc1は「流行歌篇」として当時の流行歌を収録。内容としてはノヴェルティーソングがメインで、非常にコミカルな内容は今聴いても十分楽しめるものとなっています。一方、Disc2としてはジャズソングを1枚にまとめた内容。ただ戦前は「ジャズソング」といっても洋楽風なアレンジの曲をすべて「ジャズソング」と称していた部分があるようで(今日、ギターが鳴っていればどんな曲でも「ロック」と称しているのと似ている部分があります)、今日的イメージのジャズというジャンルにとらわれない幅広いタイプの楽曲が収録されています。

さて戦前SP盤を聴く楽しみのひとつとして、戦前の日本人の風俗を知り、その文化や価値観の今との相違を知るという一種の異文化体験が出来るという部分があります。ある意味、洋楽を聴くのと似たような体験が出来る訳です。そんな戦前の日本人の風俗や価値観を知るにあたって、特にノヴェルティーソングというのはその当時の日本人の「本音」を知ることが出来るという意味でも、実に興味深いものがあります。

例えば今回のアルバムにしても、例えば「怪しいね」みたいに清純派を振る舞う女性に対して「怪しいね」と二村定一が突っ込みを入れる曲など、今でもそのまま通用しそうな内容。「夜から朝まで」も男女の駆け引きについて男女それぞれの本音と建て前を描いており、これも今聴いてもクスリとしてしまう歌詞に。なにげに男女の関係なんていうものは今でも戦前でもそんなに大きく変わらないということを感じさせます。

逆にタイトル曲になっている「街のSOS!」などの

「電車に乗ったら脱線で
バスに乗ったらすぐパンク
省線に乗ったら停電で
円タクに乗ったら衝突だ」

(「街のSOS!」より 作詞 竹内草路)

といった歌詞はインフラ面で未発達だった戦前と今の交通事情の大きな違いを感じます(もっとも「都会は危険がいっぱい」というテーマ性は今でも通じる部分はありますが)。

一方Disc2の方の魅力は上にも書いた通り、海外の様々なタイプの曲を取り入れた幅広い音楽性でしょう。「ストトン」「佐渡おけさ」みたいに日本の民謡風の曲を洋楽風にアレンジしただけ(といってもこれもある意味魅力的なのですが)という曲もあったりするのですが、「ハワイの唄」みたいなハワイアン、「ヴォルガの船唄」のようなロシア民謡、「エスパニョール」のようなラテンまでジャズの枠組みを超えた楽曲が多く収録されています。

また「ブラームスの子守唄」はタイトル通り、今でもおなじみのナンバーのカバーなのですが、冒頭、いきなり「きよしこの夜」からスタートするのがユニークなのと同時に、当時、既にこの曲が日本に入ってきていたというのがちょっと意外にも感じます。もちろん「恋人よかへりませ」のように、今の耳から聴いても「ジャズ」と感じられる曲もあったりして、なにげに戦前の日本の音楽界の懐の深さを感じる選曲になっています。

そしてもちろん本作最大の魅力はこれら様々なタイプの曲を飄々と歌い上げる二村定一のボーカルでしょう。全体的に適度に力の抜けたコミカルな歌い方が特徴的で、その自由度の高いボーカルは今聴いてもあまり古さを感じさせません。またこのボーカルスタイルだからこそ、純和風な曲からコミカルな流行歌、またジャズをはじめとする幅広い西洋の音楽を歌い上げられたのでしょう。一時代を風靡した歌手の魅力を十分に感じることが出来ました。

ちょっとマニア性の高い選曲なだけに個人的には「私の青空~二村定一ジャズ・ソングス」から入った方がお勧めかな、とも思うのですが、その上で本作は実に魅力的な企画盤になっていたと思います。ますます二村定一という歌手の魅力に強く惹かれた作品。また戦前の音楽シーンの奥の深さも感じることが出来る良企画でした。

評価:★★★★★

二村定一 過去の作品
私の青空~二村定一ジャズ・ソングス


ほかに聴いたアルバム

パンチドランク・ラヴ/及川光博

オリジナルでは約1年ぶりとなる新譜。全編ダンスナンバーのアルバムで目新しさは皆無ながらも、ミッチーらしさが良く出ている卒の無いアルバムといった感じ。ある意味、毎年欠かさず行われるライブツアーのために作られたアルバムといった印象。ツアーのためにわざわざ新曲を用意するあたりに彼の人柄も感じられます。

評価:★★★★

及川光博 過去の作品
RAINBOW-MAN
美しき僕らの世界
喝采
銀河伝説
ファンタスティック城の怪人
さらば!!青春のファンタスティックス
男心DANCIN'
20 -TWENTY-

BLACK TRACK/SOIL&"PIMP"SESSIONS

自らを「Death Jazz」と称してアグレッシブなジャズサウンドが特徴的なSOILですが、本作に関してはそんなサウンドは抑え気味。メロウな歌モノやラップを入れた曲が多い、タイトル通り、「黒さ」が前に出ているアルバムになっています。「Death Jazz」的なアグレッシブなサウンドを求めると少々物足りなさを感じるかもしれませんが、これはこれで彼らの別の魅力を強く感じることが出来るアルバムになっていました。

評価:★★★★

SOIL&"PIMP"SESSIONS 過去の作品
PLANET PIMP
SOIL&"PIMP"SESSIONS presents STONED PIRATES RADIO
MAGNETIC SOIL
"X"Chronicle of SOIL&"PIMP"SESSINS
Brothers & Sisters

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