時局迎合の中に皮肉も?
Title:芸能宝船・歌は戦線へ ~戦争と喜劇人~
戦前SP盤の貴重な音源を復刻しているインディーレーベル「ぐらもくらぶ」。先日も「軍国音頭」なる曲を集めた企画盤を紹介しましたが、おなじく戦後70周年を記念して企画された戦時歌謡のオムニバス盤。この作品では、「戦争と喜劇人」と題して、当時の喜劇人がSP盤に収録した歌、漫才、あるいは講演といったものをCDに復刻した内容になっています。
それも全2枚組のフルボリュームな内容。DISC1は二村定一、岸井明、古川ロッパなど戦前に一世を風靡した歌手、喜劇人の曲、漫才などが収録されています。一方DISC2は「もうひとつのエノケン全集」と題して、おそらく戦前の芸能事情に詳しくなくても名前くらいは聴いたことあるであろう「日本の喜劇王」と呼ばれたエノケンこと榎本健一の曲のうち、2003年にリリースされたCD「唄うエノケン大全集」に収録されなかった未発表曲や、戦時中の時局迎合ソングなどを収録した企画になっているそうです。
さて、そんな本作ですが、コミカルな内容が多いのですが、これがおもしろいことに今聴いても、さすがに大爆笑とまではいかなくても「ニヤリ」としてしまいそうな楽しい作品が少なくありません。確かに作品によっては「何が面白いんだ?」と思うようなネタや、その当時の事情をわからないと理解できないようなネタも少なくないのですが、今聴いてもコミックソングとして純粋に楽しめる曲も少なくありませんでした。
ただ、音楽は人々をプラスの方向にもマイナスの方向にも導くことができる、と以前書いたのですが、お笑いもある意味全く同じ。題材がコミカルなだけに、プロパガンダ的メッセージがむしろ強く印象に残ってしまう部分もありましたし、今から考えると、非常に差別的と思われる笑いの要素も多く含まれていました。
一方、ここのサイトで何作か紹介してきた「プロパガンダ的な楽曲」と比べて、本作に収録されている曲や漫才の中には、戦時中を生きた庶民や兵隊に駆り出された人々の素直な心境が覗かれるような作品も多く、さすがに時局柄、政府批判や戦争批判などは出来ないものの、その時代に暮らす人々のリアリティーが伝わってくるような部分がありました。
また非常におもしろいのは、お笑いだからこそ一見時局に沿ったような曲や講演などの中に、社会の世相を軽く皮肉ったようなメッセージを忍び込ませているような感じる作品もありました。例えば以前も紹介したことがあるのですが、岸井明の「代用品時代」は戦時中の統制経済の中で代用品を奨励するような歌詞なのですが
「会社帰りの にわか雨
スフは弱いと 言うけれど
ぐっしょり濡れても 大丈夫
水に弱いは スフじゃなく
ハックショイ風邪引いた 僕の方だよ」
(「代用品時代」より 作詞 上山雅輔)
なんて歌詞は、代用品である合成繊維のスフ(=ステープル・ファイバー)を奨励するようにみせかけつつ、結局水に濡れているということは、スフは水に弱いってことじゃないの?と思わせてしまうあたり、代用品を皮肉っているようにも感じますし、石田一松の「みなさん、みなさん」では、プロパガンダ的な内容かと思いきや、どこか皮肉を込めたような内容に「おやっ」と思ってしまいます。
戦争が厳しくなってくる中、どこかユーモアのセンスを忘れない作品に、戦時中の人々のたくましさも感じた作品でした。差別的、好戦的内容も多く、またそれらの内容がプロパガンダ的にはっきりしているわけではない部分もあるため、「取扱い注意」な側面もあるのですが、戦前のSP盤などに興味がない方でも十分に楽しめそうな内容になっていました。収録曲も今となっては貴重な資料で、そういう意味でも価値あるコンピ盤だったと思います。
評価:★★★★★
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