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2015年3月29日 (日)

今の日本に重なる部分も

Title:あなたは狙われている~防諜とは~スパイ歌謡全集1931-1943

戦前のSP盤を発掘し、ユニークな視点から編集してコンピレーションとして発売しているレーベル「ぐらもくらぶ」。以前から気になるレーベルだったのですが、そこから興味深いコンピレーションがリリースされたので聴いてみました。

「あなたは狙われている」と題されたこのアルバムは、以前、このサイトでも紹介した「日本の軍歌」の著者でもある軍歌研究家の辻田真佐憲氏を監修に迎え、副題の通り、「スパイ」をテーマとした楽曲(+漫談、講演等も含む)を収録した作品。賛否両論で大きな議論となった「特定秘密保持法」施行にあわせての企画・販売になったようです。

この「日本の軍歌」では辻田氏は、軍歌は上からの押し付けではなく、むしろ一般大衆がエンタテイメントとして楽しんでいた、という事例をあげています。いわば「政治とエンタメ」の結びつきとその危険性を強調した一冊でしたが、このコンピはそんな彼の主張の「実践編」ともいえるかもしれません。「スパイに警戒せよ、秘密を漏らすな、漏らしたら厳罰だぞ」(解説より)という政府側から大衆を統制するメッセージが、大衆の側から反発を受けるところか、むしろ積極的にエンタテイメントとして取り入れている事実が、このアルバムに収録された楽曲から嫌というほど伝わってきます。

今回のアルバムでは昭和6年(1931年)から昭和18年(1943年)までの楽曲がほぼ発売順に並べられています。満州事変が勃発した年から、太平洋戦争の戦況が悪化してきた頃までの時期の曲で、日本が戦争の泥沼にはまっていく過程で、エンタメはどのようにリンクしてきたかを知ることが出来ます。そして本作を聴いていく中で、私が強く感じた点は次の2つでした。

ひとつは時代が下れば下るほど、軽快でちょっと聴いた感じだとむしろ明るい雰囲気の曲が増えてくるということ。前半の曲に関してはかなり教条的な雰囲気の曲が多い反面、中盤から後半に進むにつれ、例えば「用心づくし」などは子供の声のコーラスが入っていて、とても明るい曲調になっていますし、「スパイ御用だ」は、戦前戦後に人気を集めたボートヴィルシンガー、あきれたぼういずによるコミカルなナンバー。さらに「スパイヨウジン」は童謡風に仕上げられています。

これはやはり戦争が進めば進むほど、辻田氏の言うところによる政治とエンタメの結びつきがより強くなっていったためでしょうか。また、社会情勢的にも、いままでは政治とは無縁だったジャンルの音楽も、「スパイ歌謡」のような曲を歌わざるをえなくなってきた、ということもあるのかもしれません。

そしてもうひとつ感じたのは、防諜の意味合いが、時代を下るにつれて広まっている点でした。前半の作品では、防諜は文字通り国家機密を外国人に簡単に話さないこと。一般的にイメージする防諜にとどまっていますが、戦況が悪化するに従い、防諜の意味合いが、国家機密を漏らすな、にとどまらず「国に不平不満を言うな」という意味にまで広がっています。

例えば演説を収録したSP「防諜とは」の中では「愚痴や争いや論議で国家の栄えたためしはありません」なんて話まで飛び出しますし、「スパイさあ来い」では

「隣組なら 心のたすき
ちょっと外して 不平ごと
まいた噂に 尾ひれがついて
おっと危ない デマが銃後をかき乱す」

(作詞 矢野洋三 「スパイさあ来い」より)

なんてあきらかにスパイとは直接関係ないような不平不満を言うことに対する批判まで飛び出します。

この「非常時だから不平不満を言うな」という言い草、ここ最近の出来事で思いあたる部分があります。それは先日発生した、イスラムの過激派組織、ISILによる日本人人質殺害事件。この時、産経新聞では人質事件の国の対応に批判的な人たちに対して「イスラム国寄りだ」なんて報道を行いました。これこそまさに、敗戦直前の「スパイ歌謡」で歌われたことと全く同じではないでしょうか。そんな日本がその後、どのような道をたどったかということを考えれば、「非常時だから不平不満を言うな」という批判が、国にとって全くプラスにならないのは自明のこと。このコンピ盤を聴いて、今の日本の状況に重ねあわせてしまいました。

今回、このコンピ盤を聴いて、日本が戦争の泥沼にはまっていく中、エンタテイメントの世界がどのように戦争や政治とむすびついていったか、その一端を垣間見ることが出来ました。そしてそれは同時に、今の日本にも残念ながら重ねあわせられる部分もありました。しかし、だからこそ、このコンピレーションアルバムを今、聴く意義があるのかもしれませんし、そのため、非常に興味深いコンピレーションアルバムだったと思います。内容的には万人受けといった感じではないのかもしれませんが、戦前の歌謡曲に興味がある方はもちろん、戦前の日本の歴史に興味のある方にとっても聴いて損のない作品だと思います。

評価:★★★★★

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