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2014年10月19日 (日)

「軍歌」を通じて見えるもの

ちょっと、普段の私の嗜好からすると毛色の異なる書籍を読んでみました。

まだ20代ながらも、日本の軍歌研究家の第一人者として活躍されている辻田真佐憲氏による、日本の軍歌の歴史を追った「日本の軍歌」(幻冬舎文庫)を読んでみました。実はこの前に、彼と戦前のレコード文化史の研究家、保利透氏が監修した、代表的な軍歌30曲が収録されたCDが付いてくるムック本「日本の軍歌」(晋遊舎刊)が気になり、買って、読む/聴いてみたことから、この新書本も気になり、同時に読んでみました。

新書本「日本の軍歌」は、基本的に軍歌を通して日本の戦前史を眺めた本。ここで辻田氏が一貫して主張しているのが、一部でイメージされるような軍歌というのは、上からの押し付けで大衆が歌わされたのではなく、むしろ大衆の側から積極的に楽しんだ、戦前の一大エンタテイメントである、という事実。そのため、軍歌を通じた戦前史というのは、ちょっとした戦前の民衆史にもなっているのが興味深いところです。

ムック本でも、CDに収録された軍歌の解説などを辻田氏が書いているため、記載内容は重なる部分があります。そしてこちらでもあくまでも軍歌は一般大衆が楽しんだ「戦前のJ-POPである」という記載があります。

ともすれば一部の左寄りの側から、「太平洋戦争は一部の政治家や軍部の暴走によって引き起こされ、一般大衆はその犠牲者だった」的な主張がされることがあります。しかし、辻田氏の本を読むと、むしろ一般大衆こそが戦争に積極的だった、という姿が浮かんできます。でもこれって、非常に残念な話なのですが、ここ最近の日本の状況を鑑みると納得できてしまうんですよね。例えば中韓との問題にしても、日中韓の関係をネガティブにあおりたてて無責任に関係を悪化させようとしているのは週刊誌やネットなど一般大衆の側。安倍総理はじめ日本政府は、少なくとも現時点においては日中韓の関係改善に努力しています。

特に新書本の中で辻田氏が、戦前の軍歌と政治の関係を紐解く中で、「政治とエンタメのむすびつき」という視線での分析を行っているのですが、「あとがき」の中での結論が、今の日本の状況を鑑みると、とても印象に残ります。それは

「ひとたび民衆と企業と当局の『利益共同体』ができてしまうと、『これではまずい』と思っても誰も止められず、最後まで突き進んでしまう。戦前の日本はその結果として悲惨な結果を迎えてしまった」

という一文。今の日本は少々おかしな方向に舵が向きかけているように思いますが、この日本を暴走させるのは、決して政府だけではなく、むしろ私たちがそのアクセルを踏んでしまう危険性があることを、軍歌の歴史を通じて感じることが出来ます。

ただ一方、軍歌の歴史を眺めると決してネガティブな側面のみではなく、ポジティブな側面もあったりするのがおもしろいところで、特に興味深かったのが、日本の軍歌が替え歌になり、アジア諸国に流布していったという指摘。北朝鮮や中国ですら、日本の軍歌が替え歌となり歌われ、多くの人たちに親しまれているという事実がかかれています。要するに音楽自体には罪もなく、政治的な色はなく、良いメロディーは万人が良いと思うという事実。この話は読んでいて、音楽の力を感じ、純粋に音楽好きとしてはうれしくなりました。

そしてムック本「日本の軍歌」の方は、新書本を読んでいて「じゃあ実際に軍歌を聴いてみたい」と思った時にうってつけの内容。というか、監修者が同じなだけに、新書本の方に大きく取り上げられている軍歌が、ムック本の方でもきちんとCDに収録されています。

CDは2枚ついており、1枚は明治期の軍歌、もう1枚は昭和期の軍歌となっています。同じ軍歌といっても、明治期と昭和期で微妙に雰囲気が異なるのがおもしろいところ。明治期の軍歌はかなり勇ましい雰囲気で歌詞も漢文調。正直、今聴くと、非常によそよそしい感じを受けます。一方、昭和期の軍歌は、今で言うところの、例えば学校の校歌だったり、例えば六甲おろしだったりに近い雰囲気で、曲調は昔風ながらどこかなじみのある雰囲気。歌詞も勇ましい漢文調から、平易な和文調も増え、さらっと聞き流しただけなら軍歌と気が付かなさそうな曲も増えたように感じます。同じ軍歌といっても、時代時代によって曲調が異なるというのは、とても興味深く感じました。

ムック本は、軍歌の紹介のみならず、軍歌のCDの紹介や軍歌バーや同好会の紹介など、軍歌の楽しみ方も紹介しています。ただこちらに関しては、正直素直にお勧めはできません。軍歌をエンタメとして割り切った楽しみ方については、もちろん十分「アリ」だと思います。実際、勇ましい行進調の軍歌は、聴いていて魅力に感じる部分も多々ありました。ただその一方、今の基準でいうと少々差別的で、好戦的な軍歌の歌詞にドッブリはまると、そちらの方向に考え方すらもっていかれてしまう危険性はやはり否定できないと思います。確かに新書本の中で辻田氏は、現状の日本の軍歌の状況から、「日本の軍歌は死んだ」と結論づけていますし、私のそんな考え方は杞憂かもしれません。ただ、やはり軍歌趣味は、軍歌の中の世界と、実際の社会情勢を区別して楽しむことが出来るような「大人」にのみ許された特権のように思います。そういう意味でムック本の方は、無条件でお勧めできるか、と言われると微妙な部分もあります。

ただ一方、新書本を読んでいると、ともすれば音楽ファン、特にロックリスナーが陥りがちな「ロックをはじめとする大衆の音楽=民衆の心の叫び=反体制」のような単純な図式が、必ずしも正しくないことに気が付かされます。音楽というのは、私たちを必ずしも自由や平和といったポジティブな世界に導くだけではなく、一歩間違えると破滅へ導く可能性もあることを、心しなくてはいけないことを、強く考えさせられました。そういう意味で、新書本は強くお勧めします。特に、「ラブ&ピース」みたいにノー天気に叫んでいるような、軍歌というと無条件で忌避するような方にこそ読むべき1冊のように思いました。

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