タイトルに反しておとなしい論調
以前から一部で話題になっていたお笑い芸人マキタスポーツのJ-POP評「すべてのJ-POPはパクリである~現代ポップス論考」を読んでみました。マキタスポーツはミュージシャンのものまねを売りとしている芸人のようですが、単なる形態模写ではなく、そのミュージシャンの思考自体をまねて、いかにもそのミュージシャンが歌いそうな曲を歌うというスタイルが、お笑いという枠組みを超えて評価されているそうです。
そんな音楽、特にポップスに深い造詣を持つ彼が書いたポップス評。かなり刺激的なタイトルもあり話題になりました。以前から気になっていた本ですが、このたびKindle版も発売となったためちょっと遅ればせながら読んでみました。
ただ挑発的なタイトルとは裏腹に、論考自体は比較的「大人な結論」に落ち着いています。例えばタイトルの論考も要するに今の音楽に完全なオリジナルはなく、必ず影響を受けた「元ネタ」がある、という話に落ち着いているのですが、正直言えば、それってパクリ議論をはじめると誰かが言い出す「メロディーのパターンなんてバッハの時代に出尽くした」的な意見と同じに感じます。正論ではあるけど、ちょっと焦点がズレている感じがします。
本人も「(パクリの)批判をするならば、その『引用・解釈の仕方』のセンスや質を議論してくようなものにならなければ」ならないという話をしていますが、結局、ネット上でよくB'zやオレンジレンジのパクリが叩かれて議論になるっていうのも、表面的にはパクリの議論をしているようでも実際には「引用・解釈の仕方」のセンスの話をしているように思います。実際、おなじパクリネタが多い奥田民生とかはあまり叩かれない訳で。そういう意味でこの本の論考は、よくネット上で見られる「パクリ」議論に対する回答であるのならば、ちょっと論点がズレているように感じました。
この「パクリ」論考もそうですが「ポップス論」については正直ちょっと物足りなさを感じました。「今のCDが売れなくなった理由」にしろ「アイドル論」にしろ、ネットや雑誌上でよく見かける論調の枠組みを超えておらず、もうちょっとつっこんでほしかったな、という印象を強く持ちました。あくまでも本人の「知識」の枠におさまっていて、この本のために突っ込んだ調査をおこなっていない点も物足りなさを感じた要因かもしれません。また、「J-POP」全体を網羅しようとして、広く浅くになってしまった点も感じました。
一方でおもしろかったのが楽曲のパターン分析に関する考察。抽象的な話にとどまりがちな楽曲のパターンを、コード進行なども含めた具体的な話にまでブレイクダウンして解読している手法は見事。特に「アニメソングの『様式美』度チェックシート」なんか、ここのチャート評でも利用したいくらいな素晴らしい分析(笑)。他も「メロ癖」や「歌詞癖」など、非常に興味深い分析がなされています。
こちらについても、もうちょっと突っ込んで、さらにいろいろなミュージシャンについて知りたかったなぁ、ということも感じてしまうのですが、ここの分析は彼にとっても「飯のネタ」であって、詳しい部分は「企業秘密」なのかもしれませんね。仕方ないことかもしれませんが、ちょっと残念です。
そういうことから、この本の冒頭を飾る「ヒット曲の法則」もヒット曲のパターンをうまく分析してまとめているように思いました。ただひとつ、「ヒット曲の法則」として指摘していない部分で、私が多くのヒット曲にあてはまっているパターンがありました。それは「サビの一番最初にはインパクトのある歌詞を持ってくる」という点。特に一番多いのはサビの一番最初に曲のタイトルを持ってくるというパターンです。例えば90年代のビーイング系のヒット曲はほぼ100%、サビの最初の歌詞がタイトルになっていますし、最近ではAKB48の「恋するフォーチューンクッキー」みたいにサビの冒頭に曲のタイトルを持ってくるパターンが見かけます。この本の中でヒット曲の法則にのっとってつくられた「十年目のプロポーズ」はサビの最初が「ラーラーラーラー」となっていますが、ヒットを意識した曲でこういう歌詞のパターンはあまりないような・・・いや実は1曲だけ「ラーラーラー」からはじまるヒット曲があるんですが、その曲のタイトルは「ら・ら・ら」(by大黒摩季)なんですよね(^^;;
書籍全体的にはちょっと手を広げすぎた感もなきにしろあらず。ただ一方では、あくまでも普段漠然とポップスを聴いていて、あまりそれに対して「論考」をしてみたことのないようなライトリスナー層向けなのかも。もうちょっとひとつひとつの論考について、今度はもっと突っ込んで話を聴いてみたいな、そう感じる作品でした。
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