一時代を築いた戦前の人気シンガー
Title:私の青空~二村定一ジャズ・ソングス
Musician:二村定一
先日取り上げた、「ニッポン・モダンタイムス」シリーズの続き。このアルバムは、昭和初期を代表する歌手だった、二村定一の代表曲をまとめて収録した1枚になっています。
で、勢いにのって、先日紹介した、「ニッポン・スウィングタイム」の著者である、毛利眞人氏による二村定一の伝記「沙漠に日が落ちて~二村定一伝」も読んでしまいました。
これもまたよかったのですが、その感想は後回しにして・・・その毛利氏が、彼をJ-POPの源流と語っていた話は、「ニッポン・スウィングタイム」の感想で書いたのですが、確かに、このアルバムに収録されているのは、ジャズをベースとした欧米からの影響が強い曲をベース。ただ、その一方では、コミックソングや、クラシックを基調にしたような曲、民謡風な曲や、ベタベタな歌謡曲まで、様々なタイプが歌われています。ここらへん、欧米のロックを基調としながらも、HIP HOPやらレゲエやら日本の歌謡曲やら、いろいろな要素を取り込んでいて、ある種の節操の無いJ-POPにつながる部分を感じます。
楽曲の多くは、ジャズ風のアレンジをベースにしながらも、シンプルなポップになっているため、今の耳で聴いても、難なく楽しめる曲が多いように感じました。特に、彼のボーカル自体が、等身大的というか、いい意味で力の抜けた素人っぽさがあって、それがまた、歌を身近に感じられる要素になっていたと思います。かといって、ボーカル自体はしっかりと節もリズムも取れているので、聴いていても苦になりません。前述の本の中で毛利氏も「注意を払って聴けばリズム感は絶妙であるし、メロディーともディクションともつかぬフレーズは、下手な歌手では真似できない」と彼の歌を絶賛しています。
「アラビアの唄」や「青空」などは、何度か聴けば、ポップなメロが思わず口に出てしまいそうですし、ご存知オクラホマ・ミキサーの節で歌う「笑ひ薬」は、歌の中に笑い声が出てくるシュールな内容は、今聴いても、不条理ギャグとしてインパクトありそう。「荒城の月」も、彼が歌うと、ポップに感じられるのがさすがです。
最後を飾る、あの榎本健一と歌った「モン・パパ」がめちゃくちゃユニーク。
「うちのパパ 毎晩遅い
うちのママ ヒステリー
暴れて怒鳴るはいつもママ
はげ頭下げるはいつもパパ
でたらめいう それはパパ
胸ぐらをとる それはママ
パパの身体は揺れる 揺れる
クルクルとまわされる」
という、いまの夫婦でもそのままあてはまりそうな歌詞。「戦後強くなったのは靴下と女性」なんて言葉がありましたが、戦前から十分強かったんですね(笑)。この曲に限らず、彼の歌う楽曲には、同時の人たちの心境がストレートに描かれていて、戦前は、決して軍靴の響きの中、押し殺された生活をしていたわけではなく、明るく楽しく生きていたんだなぁ、ということが実感できます。
で、このアルバムを聴きながら読んだのが、二村定一の伝記「沙漠に日が落ちて」。「彼の伝記を著すことが高校時代からの熱望」と著者が言うだけあり、著書の心意気が強く感じる内容。「ニッポン・スウィングタイム」と同様、同時代の資料を丹念に調べあげた力作になっています。
ある意味、一世を風靡し、一時代を代表する歌手になりながらも、劇団を一緒に組んでいた天才榎本健一に先を行かれ、落ちぶれてしまう彼の人生は、もちろん常人に比べればずば抜けた才能の持ち主だったのはいうまでもありませんが、どこか親近感が漂い、強く惹かれるものがありました。
で、本筋とはあまり関係ありませんが、印象的だったのが、彼が同性愛者であって、かつ、世間的に、それを否定しておらず(公然の事実だった)、芸能活動においても決定的なマイナス要素になっていなかったという点で、日本には、衆道の歴史があったためでしょうか、意外と戦前から、同性愛が受け入れられている側面があったのかな、と感じました。
戦前に活躍した彼みたいなジャズ・シンガーの曲を聴くと、本当に戦前もみんな、生き生きしていて、音楽は、今に負けないだけのパワーを持っていたんですね。アルバムと伝記で、二村定一というシンガーにすっかりはまってしまいました。
評価:★★★★★
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コメント
私は『私の青空 二村定一 ジャズ・ソングと軽喜劇黄金時代』(論創社)の方を読みました。著者は菊池清麿。二村定一の全盛期から凋落までが優しく哀愁に満ち溢れながら辿られています。
投稿: 小中徹 | 2014年6月 3日 (火) 10時18分
>小中徹さん
>私の青空 二村定一 ジャズ・ソングと軽喜劇黄金時代
こちらの本は残念ながら未読です。二村定一の生涯については、こちらの本をよんでとても惹かれるものがあったので、こちらの本も読んでみたいです。情報ありがとうございました。
投稿: ゆういち | 2014年6月11日 (水) 00時10分