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2011年9月 3日 (土)

当然の感情を否定すべきではないのでは?

Title:Heart to Heart
Musician:槇原敬之

Heart to Heart

槇原敬之のニューアルバム。このアルバムに関しては、どうしてもある2曲の感想を書かざるを得ません。その2曲は「Appreciation」「軒下のモンスター」。ある意味、問題作ともいえる作品です。

ネットでも既に話題になっているので、このアルバムを聴いていなくてもご存知の方も多いでしょう。「Appreciation」の歌詞の内容は端的に言うと、「原発事故で批判するよりも先に、『電気をつくってくれてありがとう』と言おう。いえない人は、心が汚れている」と捉えかねないような内容になっています。

その解釈については、いろいろな意見が出ているようで、必ずしも、反原発に対する批判ではない、という意見も多く見受けられます。ただ、上で示したような解釈だとすれば、原発事故に対する批判としては、明らかに論点がズレていますし、もし、それを意図していないとすれば、特にラブソングに関しては、男女関係の微妙な心理を見事に言及している歌詞を数々生み出した彼にしてみれば、言葉足らずの歌詞ではないか、といわざるを得ません。

好意的に解釈すれば、「日常が失われた時、憎むより先に失った日常に感謝しよう」というところでしょうか?ただ、そうとして、大きな違和感が残ります。この間の大震災や、原発事故が発生し、日常が失われた時に、私たちが、まず怒りや憎しみの感情を抱くのは、人間として、当然ではないでしょうか?怒りや憎しみ、あるいは悲しみや妬みという感情は、確かにマイナスの感情ですが、人間として当然持つべき感情です。そして、時として、このような感情から、生きる力がうまれたり、新たな表現が生まれたりします。決して否定すべき感情ではありません。

この「Appreciation」にしろ、同じく震災を題材とした「White Lie」にしろ、私たちの怒りや憎しみという感情を否定して、ただ「感謝しろ」と歌う主張は、正直、疑問に思います。あのような大きな災害を前にして、感謝の気持ちは、怒りや憎しみを受け入れたり、乗り越えたりしてはじめて生まれるのではないでしょうか?怒りや憎しみといった、人間にとって当然の感情を否定するような彼の主張には大きな疑問を抱きます。

また、そういう人間の複雑な感情を無視して、ただ「ありがとうを言おう」「感謝しよう」という主張は、最近の薄っぺらい前向きJ-POPと同じなのでは??この曲に関してもそうですし、最近、彼が歌ういわゆる「ライフソング」にも同じ傾向を見て取れます。以前から感じていた、彼曰く「ライフソング」に対する違和感の理由が、明確になった気がします。

また、もうひとつ疑問があって、ああいう大災害を前にしてまず歌うべきメッセージが、被災者へのいたわりでも、明日への希望でもなく、「感謝すべき」という自分の主張というのも正直「???」。彼って、いい部分でもあるかもしれないけど、悪い意味でも、ちょっとまっすぐすぎるところがあるのかなぁ???

そして、このアルバムの曲でもうひとつ衝撃的だったのは「軒下のモンスター」でしょう。例の事件から、同性愛者ということが明確になり(もともと噂はあったけど・・・)、また、その後、インタビューなどでも自身が同性愛者ということを公言してきたマッキーですが、この曲では、ついに同性愛をテーマとしています。

海外では、ゲイをテーマとした曲もヒットしたことがあるそうですが、日本では、同性愛に対する忌避感も強く残っています。その中でも、同性愛という自分の感情を否定せず、あえて真正面から歌い上げたマッキーの勇気は素晴らしいものと思います。日本でも、中村中のように、性同一性障害を表に出しているシンガーもいますが、彼女の場合、戸籍上は男性でも、心は女性であり、歌詞のテーマも異性愛。また、昔、東京少年というバンドの笹野みちるという女性ボーカリストが同性愛を公言しちょっとした話題になりましたが、マッキーほどの人気ミュージシャンが、同性愛を公言し、それを歌にする、というのは、やはり大きな出来事であると思います。

それだけ大きな意味を持った曲と思うのですが、原発をテーマにしてしまった「Appreciation」の影に隠れてしまったのは残念。「軒下のモンスター」では、同性愛という複雑な感情も否定せずに受け入れているのに、「Appreciation」では、怒りや憎しみという当然の感情を否定しちゃうの?

アルバム全体としては、ここ最近の傾向として、どの曲も一定の水準をクリアしており、安定感が増しています。「Appreciation」と「White Lie」については、違和感が残りましたが、他の曲に関しては文句なし。また、ラブソングの割合も増えてきているので、「ライフソング」に違和感が感じる私でも、その点では楽しむことが出来ました。

ミュージシャンとしては成熟期に入っている彼だけに、まだこれからの活躍も期待できそうなのですが・・・今回のアルバムで感じてしまった違和感は、どうにもぬぐいきれない点があり、非常に残念。その違和感を除けば、★★★★★の評価だと思うのですが・・・。

評価:★★★

槇原敬之 過去の作品
悲しみなんて何の役に立たないと思っていた
Personal Soundtracks
Best LOVE
Best LIFE

不安の中に手を突っ込んで
NORIYUKI MAKIHARA SYMPHONY ORCHESTRA CONCERT CELEBRATION 2010~SING OUT GLEEFULLY!~

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アルバムレビュー(邦楽)2011年」カテゴリの記事

コメント

 「Appreciation」と「White Lie」に関しては信者と言われてもしたがないぐらいに槇原ファンの僕でも「これは不味くないか」と思ったので、はっきりいって言葉足らずでしょう。彼は社会的なというか政治性の高い曲は作らないほうがいいですね。マッキーは意外と自分で体感しないといい歌詞が書けないタイプの人なのかもしれないです(まぁ、昨今のとにかく批判したもの勝ちの風潮には嫌だなと思いますが)。
 「軒下のモンスター」はブラックマッキーが久々にさく裂した「Hungry Spider」以来の怪曲。この曲だけで、物語一つ欠ける感じなのがすごい。全体としては「犬はアイスが大好きだ」~「林檎の花」のいい意味での振れ幅を6~8曲目がぶっ潰して、9・10で持ち直したけど、アルバム全体では進められないという感じでしょうか。自分のサイトでもどう書いたもんか迷ってたんですが、ここをみてどう書くかが決まりました(笑)。3~5・9・10曲目だけ、i-Tunesで買うのが一番いいという^^;

投稿: げどー | 2011年9月 4日 (日) 19時51分

ネット発のバッシングに同調する事には
慎重でいたいのですが
単に反原発派の1人としてモノ申したい曲でした

ゆういちさんの意見を聴けて嬉しい反面、

>同性愛という複雑な感情も否定せずに受け入れているのに、
>怒りや憎しみという当然の感情を否定しちゃうの?

ちょっと、比較の仕方が違うんじゃないのかなと.
当人たちにとっては愛する事もまた怒りや憎しみと同じ「当然の」感情なのではないでしょうか

投稿: ヒノキオ | 2011年9月 5日 (月) 00時11分

ちょっと返事が遅くなってしまいすいません・・・
>げどーさん
>マッキーは意外と自分で体感しないといい歌詞が書けないタイプの人
そうかもしれません。社会派の歌詞については、ちょっと空回りしているというか、浅い感じが否めません。
「軒下のモンスター」とか、おもしろい曲だと思うし、全体的にいい曲も少なくない作品だと思うのですが・・・。
確かに、曲を選んでi-Tunesで買うのが一番いいかもしれないですね(^^;;

>ヒノキオさん
>ちょっと、比較の仕方が違うんじゃないのかなと.
すいません。これに関してはちょっと私の言葉足らずだったかもしれません。
確かに、「愛する」という感情は当然の感情だと思いますが、
「同性愛」といういろいろなタイプの愛がある、という意味で、「複雑」という表現をしました。
そういういろいろなタイプの愛を、素直に表現しているのに、なぜ、怒りや憎しみといった人間のいろいろな感情を否定するのか、という意味だったのですが。

投稿: ゆういち | 2011年9月14日 (水) 22時57分

いわゆるライフソング、特に原発について歌った曲には、仏教の影響が強く反映されているのではないかと考えます。仏教では怒りや憎しみといった感情は煩悩であり、修行により捨て去らなければならないものだからです。「世界に一つだけの花」にも仏教の思想が反映されているらしいですから。これも槇原さんのライフソングに感じる違和感の理由の一つかも知れません。

投稿: マリモ | 2012年3月12日 (月) 15時48分

>マリモさん
なるほど、仏教からの影響ですか。確かに、「世界にひとつだけの花」は、仏教の思想が反映されているみたいですね。ただ、それでもやはり違和感は抱いてしまいます。彼のような考え方も、ひとつの考え方であるとは思うのですが・・・。

投稿: ゆういち | 2012年3月15日 (木) 01時11分

 まさか、今になってこのアルバムの話が出てくるとは思わなかったので思わず書き込みを。「Appreciation」に関しては1年たって完全に見方が変わりました。もうね、原発に関しては不安を過剰に感じたり、それをさらにあおったりする様子をみると「本当に怖いのは人間の心」だなぁと感じるようになりました。実のところこの曲は賛否両論あって当然なのかもしれません。

投稿: げどー | 2012年3月26日 (月) 22時06分

>げどーさん
あれから1年、いまだに終息見えませんね。原発事故に対する反応は人それぞれで、特に年間100ミリシーベルトを下回る場合の危険性が、科学的に証明されていないだけに難しいところです。

投稿: ゆういち | 2012年4月 1日 (日) 22時05分

「Appreciation」で私は完全に槇原敬之さんのファンになりました。
自分の中にあった日常を当たり前と思う驕りに気づかされ、頭をガツンとやられた気分でした。
どんなことがあっても、まず「ありがとう」。その言葉があってから初めて批判も議論もあるんだなと教えてもらえた、屈指の名曲だと思います。
「人間として『当然』の感情」として出てくる「怒り」や「報復感情」に、「ちょっと待て」と一歩立ち止まらせてくれるのが彼の歌の素晴らしいところだと思います。

投稿: もみじ | 2013年6月 1日 (土) 13時52分

>もみじさん
はじめまして。書き込みありがとうございます。うーん、でも私はやはり人間の負の感情や弱い部分を素直に認めてこそ、人は進んでいけると思うのですが・・・。発売から2年たっていますが、やはりこれらの曲は好きになれません。

投稿: ゆういち | 2013年6月17日 (月) 00時09分

>>怒りや憎しみといった、人間にとって当然の感情
当然ではないのかなと。人間ならば自然と抑制すべき感情という認識です。
理性がなければ湧いて出てくるものですが,理性に長けているからこそ人間であり,理性がなければそれはただの動物としてのヒトかと。
己の悪い所や弱い所を認め,マイナス面は理性をもってコントロールするからこそ人間なんだなと。

投稿: ほわん | 2013年10月 5日 (土) 18時46分

>ほわんさん
貴重なご意見ありがとうございます。
確かに、人間として怒りや憎しみを理性でコントロールするのは重要です。
でも、それは必ずしもその感情を「否定」しているわけではありません。
また、怒りや憎しみも時として新たな原動力を生み出し力となります。例えば音楽で言えば、若者の怒りからパンクという新たな音楽が生み出され、多くの人たちを楽しませています。
怒りや憎しみも場合によってはプラスの力に転化しうる材料になるのではないでしょうか。

投稿: ゆういち | 2013年10月 5日 (土) 21時54分

原発再稼働派に対する皮肉という解釈もできませんか?忌野清志郎さん(RCサクセション名義だったかも)の『あこがれの北朝鮮』とかエレファントカシマシの『デーデ』にみたいに口で言うのと伝えたい内容が真逆、みたいな

投稿: うどん | 2014年8月21日 (木) 12時33分

>うどんさん
うーん、残念ながらインタビューなどでは曲の歌詞通りの内容のことをしゃべっていましたので、皮肉という解釈はできなさそうです。原発賛美という感じでもないみたいですが・・・。

投稿: ゆういち | 2014年8月31日 (日) 00時46分

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