演歌は日本の心なのか?
創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)
著者:輪島 裕介 |
「演歌は日本(人)の心だ」・・・・・・このサイトに来てくださるような方にとっては、おそらくにわかにうけいれがたい言説だとは思いますが、ある種の常套句としてよく言われるフレーズです。
今回読んだこの新書は、そんな、よく言われる「演歌=日本の心」論がどのように成立したかを主軸として、日本の戦後大衆音楽史を丁寧に紐解いた内容になっています。
この手の「歌謡曲論」はテレビだったり雑誌だったりでよく見かけたりするのですが、その多くが、自分の経験からの話しがほとんど。自分たちが若い時分に聴いた音楽を、手放しで「あの頃はよかった」と語り、今の音楽を(ほとんど聴いたことないのに)「つまらない」とこき下ろす論調が目立ちます。
そんな中、この本の作者、輪島裕介氏は、1974年生まれの、私とほぼ同年代。おそらく、中高生の頃は、既に演歌・歌謡曲はヒットチャートから消え、J-POPと呼ばれる音楽をリアルタイムで聴いていた世代、だと思われます。
そのため、歌謡曲全盛期をリアルタイムで聴いた世代ではないと思うのですが、その分、当時の雑誌や文献等に、徹底的にあたり、戦後の大衆音楽史を、非常に丁寧に読み解いていっています。確かに、リアルタイムにその時期を経験していないという意味で、リアルタイムに体験しないとなかなかわからない、時代の「空気」みたいなものは描けていないかもしれませんが、その分、変な色眼鏡のついていない、客観的な視点からの分析は、とても納得がいくものばかりでした。
個人的に、今回の分析で一番興味を持ったところが、「演歌=日本の心」という考え方が成立した前提として、演歌が反体制的な音楽とみなされていた、という部分でした。
もともと、演歌という音楽が、かつてはやくざやホステスなど、アウトローの人たちをテーマとし、酒場の流しなど、いわゆる下層階級の人たちによって歌われていたそうです。そんな中で、そんな下層階級の人たちの歌である演歌こそが、日本の大衆の本音を歌っている、そういう捉え方から、「演歌=日本の心」という考え方がはじまったそうです。それはちょうど、「うたごえ運動」のように、健全で爽やかな西洋的な音楽が、一種の「体制」となっている中の、反体制的な位置づけで、演歌というジャンルが産まれてきたそうです。
しかし、今日の演歌という音楽のイメージは、むしろ非常に保守的で男尊女卑的。私自身、演歌という音楽のイメージを、日本人の建前を切り取ったような音楽であり、演歌が当初捉えられていた「庶民の本音を描いた」というイメージからは、むしろ真逆のイメージで捉えていたからです。「演歌は日本のブルース」という物言いも、よく言われるフレーズで、個人的にはすごく反発を覚えていたのですが、確かに、この本で語られるような「演歌」の成り立ちを考えると、一理はあるフレーズなのかなぁ、と感じました。
ただ、「演歌=日本の心」という捉え方については、本の中では必ずしも真正面から否定しているわけでもなければ、単純に肯定もしていません。また、「演歌=日本の心」論に限らず、この本の中では、淡々と事実の分析のみが行われており、はっきりとした結論は、あまり述べられていません。そのため、作者の主張という点があまり明確ではない部分もあり、肩透かしのような感を覚える部分もあるかもしれません。
でもそれは逆に言って、日本の戦後歌謡史が、よくテレビや雑誌などで語られるような、わかりやすい結論が出せるほど、単純な構造ではないということを物語っているからでしょう。
光文社新書の本は、内容が軽く、1時間程度で読み終わってしまう本も多い中(笑)、この本は、しっかりとした分析で、内容も厚く、じっくりと読める内容になっていました。演歌に興味がない方でも、とても興味深く読める本だと思います。とても興味深く楽しめた一冊でした。
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