« 音楽界はいまだ韓流ブーム?? | トップページ | 国内盤は発売中止だってさ »

2008年10月23日 (木)

ZEEBRAの功績と限界

Title:The Anthology
Musician:ZEEBRA

The Anthology(DELUXE EDITION)

キングギドラ結成から15年。日本のHIP HOPシーンの中心で、いまなお活躍を続けるZEEBRAのオールタイムベストが発売されました。豪華3枚組となる本作では、1枚目2枚目ではZEEBRAソロとしての作品を収録し、3枚目では彼が客演した曲や、キングギドラとしてのナンバーも収録された、ZEEBRAとしてのオール・ワークス・ベストとなっています。

彼の作品をあらためて聴いてみてまず感じるのは、やはり彼の実力は、日本のHIP HOPシーンの中で頭ひとつ出ているな、ということでした。トラックのカッコよさやバリエーションの多さといい、リリックの強度、展開のおもしろさといい、なによりも、その上でポップにまとめあげているバランス感覚といい、日本でも実力あるHIP HOPシンガーが続々とデビューしている中でもなお、ZEEBRAの実力というのは、まだまだ日本のトップクラスであることは間違いないでしょう。

そしてそんな彼が、「セル・アウト」という非難をおそれずに、積極的にメディアに露出し、HIP HOPという音楽を広めていっていること、そして、(決別してしまいましたが)Dragon AshやRIZE、ドリカムや安室奈美恵といったポップ・アイコンとも積極的にコラボレートしていき、HIP HOPリスナーの裾野を広げていること、それこそが、彼の最大の功績ではないでしょうか。おそらく、HIP HOPという音楽を一気に日本の音楽シーンの中心に押し出したのは、Dragon Ashかもしれませんが、その後も決して単発ヒットで終らせることなく、日本においてもジャンルのひとつとして定着させたのは、ZEEBRAというミュージシャンがいたから、という点が大きいと思います。

ただ一方で、このベスト盤では、ZEEBRAの限界も強く感じてしまいました。

ZEEBRAの限界、それは、彼のスタイルがあくまでもアメリカのシーンなどの模倣の枠組みを出ておらず、日本独自のHIP HOPスタイルを築くところまで至っていないという点でした。

そのため彼の曲はカッコよさや耳なじみやすさは感じられても、他では聴けないような新鮮さ、という面では、少々物足りなさも感じます。また、文化や歴史が全く違うアメリカからの模倣を行っているため、そのスタイルが様式化してしまっている点が見受けられるのも彼の限界かもしれません。実際、HIP HOPがヒットシーンに定着してから、10年もたっていないのに、例えば、いかにもB-BOYスタイルの男性が、手を上げて「Yo-Yo」みたいに言っているスタイルが、様式化されたHIP HOPのスタイルとしてバラエティーなどで時として嘲笑されているのも、アメリカの模倣からいまだに抜け出せていない点を揶揄されていると取れるかもしれません。

また、彼自身も「悪そうな奴と大体友達」といいながらも、途中でドロップアウトしたとはいえ、慶應附属に幼稚舎から通っていたおぼっちゃん。そういう育ちのよさが随所に感じられ、アメリカのHIP HOPに感じられるような、ストリート文化のやばさみたいな部分があまり感じられないのも限界と言えるでしょう。

で、ここまで書いていて思ったのは、ZEEBRAの限界って、ZEEBRAのスタイルをパクって、決別したDragon Ashの降谷建志がかかえている限界と全く同じだよなぁ。ZEEBRAが降谷建志と決別したのは、ある種の同族嫌悪なのか??(苦笑)

評価:★★★★

|

« 音楽界はいまだ韓流ブーム?? | トップページ | 国内盤は発売中止だってさ »

アルバムレビュー(邦楽)2008年」カテゴリの記事

コメント

ZEEBRAの分析を興味深く読ませてもらいました。

ZEEBRAの限界…すごく納得した部分があります。
Disなどの文化もそのまま日本のメジャーシーンでキングギドラとして行ってしまったところが、熾烈な論議を今まで呼んできたのだろうと思います。

けども、一番最後の文にある、降谷建志の限界も同じ理由というのが、よくわからないというか短絡的に思えるのですが、できればそう思う理由が知りたいものです…

投稿: xmotor | 2008年10月25日 (土) 02時23分

>xmotorさん
どうもありがとうございます。
私も、特にdisの文化など、バックグラウンドが全く異なる日本において、安直に持ち込んできたことにも非常に疑問を感じます。
Dragon Ashの降谷建志に関しても、個人的には、彼もまた、アンダーグラウンドの音楽を、アンダーグラウンドのテイストを残したままポップに仕立てるという才能はあるものの、彼の音楽も、模倣の枠組みを出てないという点、また、特にHIP HOPをやっていた時期、ストリート風のハードコア路線を目指していたにも関わらず、彼自身はいたっておぼっちゃんで、その育ちの良さが随所に出ていた点で限界を感じ、それがまた、ZEEBRAの限界とも類似点を感じました。
まあ、ZEEBRAが降谷と決別したのが、同属嫌悪ってのは全く根拠のない推測なのですが、ただ、両者似た部分は感じました。

投稿: ゆういち | 2008年10月25日 (土) 18時50分

ゆういちさん、お返事ありがとうございます。

自分は降谷建志に関しては、限界はZEEBRAと同じというよりは、
むしろ、ヒップホップからの逃走、いわばZEEBRAからのDisショックからの逃走により、
Dragon Ashの可能性がむしろオルタナティブ・ロックとして広がったのだ!と見ています。

なので、ラテンに落ち着いた時点で、Disショックからの逃走が終わり、
逆にそこで、降谷建志の限界が見えてくるような気がします。

自分にとってのDragon AshのDis以降の魅力は、自分探し、音楽的アイデンティティの確立へもがいているところでした…
今はそれが何だか落ち着くような感があります… 新曲には裏切りを期待してますけど…

投稿: xmotor | 2008年10月28日 (火) 00時35分

>xmotorさん
なるほど。確かに、Disから逃げることによって、逆に幅が広がりましたね。そこらへんも含めて、どこかおぼっちゃんぽさが感じられちゃうのもまた、降谷の限界かなぁ、とも思います。
確かに、ここ最近の落ち着きぶりは気になります。次回作、もっと違った方面へ進んでくれたらおもしろいんですけどね!

投稿: ゆういち | 2008年10月28日 (火) 23時56分

こんばんは。
ラップミュージックは日本の音楽シーンに根付いたと
思うんですが、ハードコアヒップヒップがいわゆるヒ
ットチャート上位(オリオン初登場20位)に定着で
きなかったのが、非情に残念と言えば残念だったんです
が。(DABOには期待していたんですが)
ZEEBRA以降のハードコアヒップホップ勢が頭角を表さ
なかった事がもしかしたらZEEBRAの功罪の罪な部分な
のかな?と思ってしまったりしているんですが。

追記;降谷君とZEEBRAの対比ですか、興味深く読ませて頂きました。

投稿: cozey | 2008年10月29日 (水) 01時10分

>cozeyさん
早い段階で様式化が進んでしまったのが、ハードコアがあまり受け入れられなかった要因かもしれません。そうだとしたら、ZEEBRAの責任もあるのかもしれないですね。良くも悪くも、ZEEBRAがヒットシーンに与えた影響は大きいですよね・・・。

投稿: ゆういち | 2008年10月29日 (水) 22時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/505136/24608718

この記事へのトラックバック一覧です: ZEEBRAの功績と限界:

» 今更ですが、kj vs ZEEBRAについて考える 2008 [xmotordrive.blogspot.com]
日本では、「ヒップホップ」が音楽の壁をぶち壊すキーワードというよりは、アメリカのブロンクスなどでのヒップホップ・カルチャー(ラップ、DJ、グラフィティ、・・・ [続きを読む]

受信: 2008年10月25日 (土) 02時15分

« 音楽界はいまだ韓流ブーム?? | トップページ | 国内盤は発売中止だってさ »